2017年7月9日日曜日

木下貝層の石材利用 (3) 吉岡まちかど蔵周辺(1/2)


吉岡家は木下河岸の廻船問屋であっただけでは無く利根川の舟運に大きく関わった存在で、かってはその家を取り巻く塀には貝層の固結部切石を積んだ石塀が有ったのだが現在は花崗岩の石塀に代わっている。道路を隔てた反対が側に、この土蔵を利用した「吉岡まちかど蔵」が在り、地域文化交流の場となって居る。蔵は土蔵で礎石には銚子石が使われているのだが、その周辺には木下貝層固結部の切石や石材を利用した大形の燈籠が置かれている。
蔵の道路側の駐車場部分には三段の切石が置かれている。



蔵の側から見ると

中には「アカニシ」だと思うが大きな巻貝も含まれている。

三本脚の燈籠はこの付近で一番大きいが「まちかど蔵」から成田線の線路に近い水天宮に向かう途中に置かれている。
  続く

2017年7月8日土曜日

木下貝層の石材利用 (2)  旧山根山不動尊跡

現在は本堂の消失によりその見る影もないが、旧山根不動は江戸時代から「北向き不動尊」として人々の進行を得ていた様だ。堂宇は明治29年に再建されたが平成21年に不審火により焼失している。この不動尊の基壇に木下貝層の固結部切石が使われている。
画像は基壇の正面。階段両脇の部分は残念ながら大谷石で置き換えられている。手前の一対の狛犬は貝層固結部切石の上に鎮座している。

基壇の左手は補修されていて観察出来ないが右手は下図の状態が観察される。

切石の表面は、下図に示す通り、貝化石の間に隙間を保ちながら砂が挟まった状態で固結

狛犬の基壇部分は

また、境内には同じ石材を用いた燈籠も置かれている



燈籠には(ものによるが)かなりみっしりと中身が詰まったものも

  続く

白い凝灰岩を用いた五輪塔 (14)

もう一度、千葉県内に在る白色凝灰岩を用いた五輪塔の観察に行きたいと思いながら、実現出来ない。と云うのも、今現物と向き合っても、細粒の凝灰岩の中の火山ガラスをどの様に確認出来るか?方法が固まっていないので「返り討ち」にあってすごすごと帰って来るしかないからだ。
顕微鏡を使う事の出来る試料の観察では、適正な倍率を探し出せば観察する事が出来る様になったし、インクを凝灰岩に浸透させて乾燥後に撮影すると、インクの浸透領域とガラスの領域がハッキリ画像上の違いとして捉えられる事も判ってきた。
例えば、下の画像の横幅は1.5mm。インクの浸透処理をしない場合とは画質が結構変わる。でも、これはフィールドでの観察時には使えない。



フィールドでデジカメを被写体に出来るだけ近付けて撮影したいのだが、相手は研磨した試料では無いので凹凸が有り、曲面が有りで広い範囲を全てよい状態で写す事は出来ない。デジカメはレンズ前数mmまで近づけられても、照明が旨く行かないので適度の隙間を置いて、出来るだけ白色光を使って写し込むしかないが、試料の火山ガラスの堆積面に平行な破断面でなんとか細粒の火山ガラス片の堆積状態を撮影が出来る様になって来た。
二枚の画像の横幅は5.5 mm。なんとかガラスの破片が観察出来る。



堆積面に直角な破面でもガラスの断片の形状を撮影出来なければ現地に行くか価値は無い。さて、どうしたものやら?

2017年7月3日月曜日

木下貝層の石材利用 (1) ウニの内面の方解石

木下層と云う地層は房総半島の北部に広く分布しており、私の住んでいる柏にも広がっている事が、産総研の5万分の1地質図に書かれている。勿論、私もその木下層の住人である。この木下層には、大量の貝化石が分布していて、特に印西市の木下を中心に石灰化で固結した貝化石層が広く分布している。中には美しい方解石の結晶を見せるものも在る。
木下層の石材の話しに入る前に、一回だけ方解石の結晶画像を御案内します。

たまたま、調査の為にチョット邪魔になった固結体をほんの少し横に移動しようとしたところ、ポロリとこの塊が本体から外れて落っこちてしまった。しまったと思いながら元の位置に嵌めこもうとしたら、この不思議な形状が見えたので埃を拭って良く見ると

薄板状の結晶が二列。ブロック状の結晶がその両サイドに並んでいるのが見えて来た。
この結晶の配列は、化粧が晶出したウニの内面構造に影響されているかもしれないと考えて、後日、別の露頭で同じ仲間のウニの固結していない化石に出会えたので撮影したのが下の画像。

更に拡大すると

なるほど、このウニの内部構造にしっかり方解石の結晶の成長が制御されているのか!
と実に面白い観察をする事が出来た。
木下層内の貝層の細かな観察は今回のみ。次回からは石材としての利用状況と幾つかの露頭をご紹介する。但し、余り交通便利な場所では無い。

2017年6月30日金曜日

白い凝灰岩を用いた五輪塔 (13)

五輪塔に使われた天神山の凝灰岩
 群馬県みどり市笠懸町の天神山で採集した凝灰岩の火山ガラスを顕微鏡を介して撮影したのでご紹介します。

最初の画像は顕微鏡で観察した凝灰岩の外観で、左上の変形五画形が、各地で五輪塔に使われている少し粗粒の凝灰岩。右上の水滴型の三個の方は、細粒ながら泥岩と同じように微細な隙間があるので、舐めると舌にくっつきます。薄片は造らずに小型の切断機で切断面が平行になるように、粗粒のものは厚みが5~6 mm になるように、細粒の方は小さいので6~8 mm になるように切断し、#800でサット研磨し、超音波洗浄を行いました。
 偏光顕微鏡にアダプターを介して“SONY α55”を取り付け、顕微鏡の微動ダイヤルでピントを調整しました。勿論、偏光顕微鏡は、単にカメラを取り付ける為に使用したので、手持ちLEDライトの反射光で撮影しています。
以下のの三枚は粗粒のものを撮影しており、画像の横幅が 4 mm





接眼レンズを変え画像の横幅が 1.5 mm になるようにトリミングしています。以下の2枚は粗粒の凝灰岩のもの。火山ガラスの曲面が良く判ります。



以下のの2枚は細粒のものです。細粒の火山ガラス細片の中にやや大きな火山ガラスが入っているのが判ります。



千葉の五輪塔に使われている凝灰岩は、質感がこの細粒のものに似ています。
千葉以外の五輪塔は粗粒のものに似ています。もし、千葉の五輪塔の素材が天神山の凝灰岩で有ったとすれば、何故、此処だけに細粒のものが使われたのか?疑問が残ります。粗い方なら太田市の寺院での撮影で貝殻状の火山ガラスを明瞭に観察出来ましたが、細粒の凝灰岩では、現場での接写ではかなり条件が難しくなります。千葉の例では火輪にたまたま、破断面があるのでなんとか、近い内に再訪して接写に挑戦してみようと考えています。

2017年6月25日日曜日

白い凝灰岩を用いた五輪塔 (12)

 五輪塔や板碑が建立されている場所で常に観察出来るとは限らないのは言うまでもない事なのだが、一年程度等と云うごく短い期間中に使用石材産地を見極めたい等と云う短兵急な調査中に、数年に一回等とある限られた日時だけに公開される事例にぶつかると、それが先行研究の事例の中でも特に重要な物の場合には、殆ど頭の中が真っ白になってしまう。この事例も、実はそうした一つで、本来ならば一年後の公開日まで待つしかないのだが、特例として職員立会いで柵の外からの撮影が許された。













 二重の柵に阻まれて正面からの全体像は撮影出来なかったが、私のカメラはファインダーがかなり自由に角度調整が出来るので、自分の立ち位置から見えない部分も手でカメラを支えて居られる範囲内であればなんとかファインダーを確認して目的を達せられるので撮影させて頂いた。五輪塔の詳細は省くがご配慮を頂き貴重な資料を手に入れる事が出来た。感謝!!





感謝!多少、ピンボケもあるが、狙っていなかった場所に重要な手がかりが存在したので御容赦願いたい。薬研彫りの種子が美しかった。

白い凝灰岩を用いた五輪塔 (11) 正福寺の五輪塔

 伊勢崎市・みどり市・太田市等には流石に天神山や旧新里町の石山等を筆頭に凝灰岩質石材産地が広く分布するので、白い凝灰岩を用いた五輪塔の数が多い。そうそう度々来れるものでは無いからと、欲張って沢山の露頭や、寺院の五輪塔や多層塔を観察させて頂いたのだが、この正福寺には「伝新田氏累代の墓」とされる凝灰岩製のものだけでも二十点を越えるのだが、特徴を捉えたいと撮影をする内に、どうやら全てが天神山の凝灰岩では無いらしい事に気付いてしまった。
 最初は「天神山産の細粒緻密な白色凝灰岩」の中で、どの程度の岩質のばらつきが在るのかを見る積りだったのだが、その観察眼を養う前に他の産地の凝灰岩を見分けなければならない事になってしまった。折角撮影した画像の大部分を、「異質」なものと「ばらつき」の正確な把握の為に取敢えず御蔵にするしかない残念な事になってしまった。
覆屋の中の五輪塔や多層塔の状況。手前は比較的新しい安山岩製

新田義貞氏の祖父新田基氏の法名が記された五輪塔







上下がややアンバランスだが、比較的緻密な石材が使われている多層塔



「天神山産」とは異なると思われる組織や岩片の例



伊豆で凝灰岩を調査した際は、地元の文化財の方や、石灰質凝灰岩に造詣の深い方の御指導を頂けたので比較的調査が順調に推移したが、今回はかなり大変な作業になってしまった