2011年10月22日土曜日

石のまち金谷シンポジュームを聴講しました

先日ご案内した、「石のまち金谷」シンポジュームを聴講して来ました。画像は午前中に「車力」コースの「ハイキングコース」を歩いて石切りの丁場を見掛けて撮影したものです。昨夜来の集中豪雨でハイキングコースは水が有り少々歩きにくい雰囲気でしたが、色々と画像を撮影しながら歩きましたので良い勉強になりました。少々、コースの見積もり所要時間を舐めていたので、シンポジュームに数分遅刻して駆け込んでしまいました。
金谷では「房州石」の地質学的側面よりも、産業遺産的な側面で町興しに役立てようとされている雰囲気でした。何れにせよ、「房州石」が多くの方々の目に触れる事は、古墳時代の考古学の一部の方々が、穿孔貝の生痕化石が残る泥岩を『房州石』と呼ぶ事を改めて頂くためにも良い事だと考えます。
2012年のシンポジュームは12月1日開催です。詳細は下記を参照下さい。
http://iwatotsuchi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_12.html

2011年10月18日火曜日

第3回 鋸山のふもと 金谷 石のまちシンポジューム

房州石の故郷「金谷」でこのようなシンポジュームの第三回が開かれる様です。
過去2回のシンポジュームのレジメは私も金谷美術館で入手済です。
今回は是非参加してみたいと思いました。
このブログをご覧になる方々の中には、古墳系の興味から入って下さる方々も多い様ですが、房州石に興味を持たれている方も多い様なので、チョット日程の処にアンダーラインなど引いてしまいましたが、主催者とは全く縁が無い私ですが、勝手に広報のお手伝いをさせて頂きます。
私も勉強の為に両日参加を計画しています。

2012年のシンポジュームは12月1日に開催されます。詳細は下記を参照下さい。
http://iwatotsuchi.blogspot.jp/2012/11/blog-post_12.html

2011年10月17日月曜日

戦後の地学教育の中の死火山・休火山:A-1;教科書図書館

画像は江東区に在る教科書図書館の玄関付近です。静かな環境に立地し落ち着いて教科書を閲覧できます。但し、開館日は限られていますので、必ずHPで開館日を確認してください。
今年、火山系の非常に信頼性の無い無責任な新書が刊行されました。
一応、内容について明らかな間違いについて指摘しましたが、反応は芳しく有りませんでした。
その掲載事項の中で、以前から疑問に思って居た戦後の地学教育の中で、何時頃まで「死火山」や「休火山」と言う言葉が教育されていたのか? 記載事項が誤りではないかと思われる記述も有りました。
残念ながら、それを証明する文献に出会えなかったので、戦後の地学教育に使用された教科書をチェックする事を思い付きました。
前記の通り、江東区に教科書図書館と言う施設が有り古い教科書を保存し閲覧できるシステムがあります。
ここで地学の教科書を閲覧し、関係個所と思われるものを複写しました。この資料を基に、戦後教育の中で地学の教科書がどのような方々によって作られ、その中で休火山や死火山がどのように教材化されていたのかを整理してご案内しようと春先から考えていましたが、実現しなかったので、と言うよりもどうしようかと迷っていました。何時までも迷っていても仕方がないので、期限を区切ってこれを整理しつつご案内してみようと思い立ちました。教科書図書館についてはネットで検索すればすぐに出て来ます。

出張やフィールド等のスケジュールの関係で毎日の更新は当面出来ませんがゆっくりとやりたいと考えます。

2011年10月16日日曜日

桜みかげ・万成石:J-5;補遺・千葉県庁の壁の御影石

昨日の画像は県庁前の橋のものでしたが、これは県庁の外壁の花崗岩です。
恐らく斜長石だと思うのですが、何やら六角形に見えます。中心の大きなものもそうですがその右側に何か結晶が抜けた様な部分とその隣接した白い結晶も六角形に見えるのは昨日輝石やチタン鉄鉱の結晶を観過ぎた(?)為でしょうか?
大体10円硬貨のサイズです。
今日の日曜は、博物館で砂や砂鉄の中から美しい様々な鉱物結晶を取り出す体験会のお手伝いです。砂からは高温水晶と輝石が、砂鉄からは結晶形がきれいな磁鉄鉱、チタン鉄鉱、輝石、ガーネット、ジルコン等が採集できます。といっても顕微鏡下の世界なので本当に小さな世界の話です。

明日から出張の関係で数日更新をお休みします。その後、以前から温めてのんびりと作業を進めていた、古い地学の教科書で「活火山・休火山・死火山」をどのように扱っていたか?古い教科書を調べた事を少しご紹介しようと考えています。