2014年5月3日土曜日

安房勝山付近 (7) 火炎構造の立体標本

三浦半島の先端にある城ヶ崎にも同じものが在るが時代はどうだっただろうか?これは火炎構造の「3D標本」である。白色細粒の凝灰岩層がまだ固結する前に、その上に粗いスコリア層がどっと降り積もった為に、重たいスコリア層が白色細粒の凝灰岩層を変形させて凸凹を作ってしまったもので、普通は断層や、崖の側面に現れて「火炎構造」と呼ばれるのだが、スコリア層が風化で削剥されてしまったので白色細粒の凝灰岩層が残ってしまっている。
この様な構造は、この付近では良く見られるものなので、かなり頻繁に(地質学的時間スケールで)火山灰やスコリアが堆積する環境だったらしい。
画面右隅に10円硬貨をスケールとして置いて居ます。

2014年5月2日金曜日

安房勝山付近 (6) 傾城島

傾城島の比較的きれいに成層した砂泥互層の部分を拡大してみました。凝灰質の互層に細かな断層が見えます。複雑な共役断層と中央よりやや右手の部分で、これは左下がりの逆断層に見えますがこの状態では良く判りません。
標高の高い部分には、火炎状構造が見えますが、これはこの後の半島側の画像でゆっくり確認しますのでここでは省略しましょう。

2014年5月1日木曜日

安房勝山付近 (5) 傾城島

大黒山の在る岬の直ぐ傍に「傾城島」がある。浮島もこの傾城島も岬自体も1/5万地質図では記号“Sh”で、稲子沢層で千畑礫岩とされている。丁度 富士山が視界に入ったので島がやや小さいが両方が入った画像を選択しました。走向傾斜は、浮島の内部でもかなり変化しているが、此処ではかなり緩やかになっています。勿論、崖の方向により傾斜角度は大きくも小さくも見えるので画像だけで判断しては拙いですが、地質図記載の傾斜角も島の23,30度に比べると、1/2以下の12度と記載されています。これが大黒山では一挙に39度に変化するので、鋸山やこの付近は興味深い場所です。歩いて行ける範囲に(観察会ではその場所にも行くようですが)蛇紋岩や玄武岩もあります。

2014年4月30日水曜日

安房勝山付近 (4)

海岸伝いには行けないのだが、勝山港の南に西ヶ崎と言う小さな岬がある。その先端付近から浮島の一番西側を観た風景。写真地図でこの島を見て頂くと判るのだが、東京湾という内海なのに地質構造に沿って海蝕が進んでいる。是非これ等の画像と写真地図を対照してみて頂きたい。

2014年4月29日火曜日

安房勝山付近 (3)

浮島の砂泥互層はかなりもみくちゃにされながらも急傾斜で続いているので、崖の露頭の部分をもう少し拡大してご覧に入れます。手前の筏風のものは勝山漁協の養殖用のものの様ですね。

2014年4月28日月曜日

安房勝山付近 (2)

浮島と大ボケ、小ボケの全景。小ボケの左手はテトラポッドの防波堤。手前側の水面は生け簀らしい「浮き」が見える。浮島の画面左手には漁協のものらしい建物が在るが無住らしい。

2014年4月27日日曜日

安房勝山付近 (1)

勝山の沖合に標高50.4mの浮島がある。そのすぐ南に岩礁としてはやや大きなこの「大ボッケ」が存在する。この画面の左側に小さな「小ボッケ」、右側に「浮島」があるのだが、それはおいおい見て頂こう。1/5万地質図「那古地域の地質(1990)」に拠れば、名前が少し違って「大ボケ」、「小ボケ」なのだが、新第三紀中新世の三浦層群稲子沢層の「千畑(せんはた)礫岩層“Sh”」に相当するらしい。釣り船で行けるらしくこの中にも釣り人の姿があるのだが、私はまだ足を踏み入れていない。
千畑礫岩層は対岸の標高75mの大黒山に続く様に書かれているのだが、大黒山は千畑礫岩層と言うよりは同じ稲子沢層の凝灰質砂岩泥岩互層 “In”の方が優勢の様に思える。
5月10日は千葉県立中央博物館の地質の日関連「安房勝山周辺の地質」が開催されるので、勝手に協賛してこの付近の地質の一部を暫くご案内する事にしたい。といっても、私は案内者ではないので、当日には歩かない部分もあるし、当日の観察対象でも、此処では扱わない部分もあるかもしれない。ひょっとしたら何処かで同じような画像とダブるかもしれないが出来るだけ最近の画像を使う事にしましょう。