これは正しくは鳥居の前に立つ神社の名を記した、やはり凝灰岩製の柱。文字の上の方は漆喰でも塗ったのか石材の表面が隠れている。文字の奥にはほんの少しだけど朱が残っている。
どうやらこの石材は鳥居本体の石材とは全く異なるので別の時期に建てられた物かもしれない。
角礫岩がかなり細かいですね。
2014年3月21日金曜日
2014年3月19日水曜日
こんな事をやっています!
確定申告が終わり、今年は源泉徴収が少なかった為に、昨年よりは税額が少ないのに不足分を少々納税させられてしまった。年度末がやってくると、過去1年に凝灰岩を中心として調べて画像中心のレポートを作成したものをプリントすると大変なので“CD”に焼いて関係者にお配りしている。
今年の“CD”には、53項目のレポートを入れた。その表題はこんなものです。
房州石関係
房州石と富津磯石と古墳(1),(2) 旧松戸宿界隈の石積み,同補遺 富津市・旧天神村丁場探訪 富津市・売津瀧ノ谷丁場探訪 館山市・崖観音丁場 両国・式守家の房州石
春日部市・スルガ銀行入口 館山市・小さな蔵と石垣 千葉市・博物館近くの房州石 凝灰岩質石材画像集 (1/3) 房州石 売津古道と石丁場を歩く・観察会資料 葉山町・日陰茶屋の房州石石蔵 藤沢市・内田商店石蔵 鋸南市・元名川 汐止橋 千葉市・寒川地区の石蔵 鋸南町保田・元名石を用いた建造物 房総の村・古民家の礎石 市川市・房州石の石蔵二棟 白浜町・旧銅御殿の石塀 かまど石に使われた関石丁場跡
伊豆石:軟石
室岩洞丁場と堂ヶ島凝灰岩 佐倉市・旧平井家の伊豆石 鳩ヶ谷・鳩ヶ谷宿の石蔵 凝灰岩質石材画像集 (2/3) 伊豆石 千代田区番町の伊豆石 文献に観る伊豆石の産地 船橋大神宮の石垣 墨田区・牛嶋神社の伊豆石石塀
凝灰岩一般
凝灰岩質石材リスト 仙台市・秋保石 山形県・高畠石 栃木県・岩舟石 徳次郎の大谷石 凝灰岩質石材画像集 (3/3) 比較用凝灰岩 復元駅舎に用いられた札幌軟石:旧汐留駅 宇都宮市 松ヶ峰教会の大谷石 鎌倉市・長谷の鎌倉石 宮城県・野蒜石
千葉県の石材関係
銚子砂岩 (1), (2) 畳磯と和田町の石蔵 白浜町・眺尾橋とみずるめ石 飯岡石・石灰質凝灰岩 黒生瓦 黒生瓦・補遺
その他
戦後高等学校地学教科書の中の死火山 漂着軽石の気孔の構造 同 (2):インク浸透試験 ピクライト玄武岩とは さくら御影・万成石 稲井石のふるさと(概報)
これで大体400MB程度。しかしナンデスナ!表題の付け方が適当なのでバラバラですね。
来年もし同じことをやるのなら、是非統一したネーミングにして整理しなおしたいものです。
今年の“CD”には、53項目のレポートを入れた。その表題はこんなものです。
2015年10月18日現在のデータもUPしました!
房州石関係
房州石と富津磯石と古墳(1),(2) 旧松戸宿界隈の石積み,同補遺 富津市・旧天神村丁場探訪 富津市・売津瀧ノ谷丁場探訪 館山市・崖観音丁場 両国・式守家の房州石
春日部市・スルガ銀行入口 館山市・小さな蔵と石垣 千葉市・博物館近くの房州石 凝灰岩質石材画像集 (1/3) 房州石 売津古道と石丁場を歩く・観察会資料 葉山町・日陰茶屋の房州石石蔵 藤沢市・内田商店石蔵 鋸南市・元名川 汐止橋 千葉市・寒川地区の石蔵 鋸南町保田・元名石を用いた建造物 房総の村・古民家の礎石 市川市・房州石の石蔵二棟 白浜町・旧銅御殿の石塀 かまど石に使われた関石丁場跡
伊豆石:軟石
室岩洞丁場と堂ヶ島凝灰岩 佐倉市・旧平井家の伊豆石 鳩ヶ谷・鳩ヶ谷宿の石蔵 凝灰岩質石材画像集 (2/3) 伊豆石 千代田区番町の伊豆石 文献に観る伊豆石の産地 船橋大神宮の石垣 墨田区・牛嶋神社の伊豆石石塀
凝灰岩一般
凝灰岩質石材リスト 仙台市・秋保石 山形県・高畠石 栃木県・岩舟石 徳次郎の大谷石 凝灰岩質石材画像集 (3/3) 比較用凝灰岩 復元駅舎に用いられた札幌軟石:旧汐留駅 宇都宮市 松ヶ峰教会の大谷石 鎌倉市・長谷の鎌倉石 宮城県・野蒜石
千葉県の石材関係
銚子砂岩 (1), (2) 畳磯と和田町の石蔵 白浜町・眺尾橋とみずるめ石 飯岡石・石灰質凝灰岩 黒生瓦 黒生瓦・補遺
その他
戦後高等学校地学教科書の中の死火山 漂着軽石の気孔の構造 同 (2):インク浸透試験 ピクライト玄武岩とは さくら御影・万成石 稲井石のふるさと(概報)
これで大体400MB程度。しかしナンデスナ!表題の付け方が適当なのでバラバラですね。
来年もし同じことをやるのなら、是非統一したネーミングにして整理しなおしたいものです。
2014年3月17日月曜日
2014年3月16日日曜日
山形市 成沢八幡神社の鳥居 (1)
比較的近いと言っても、バス停の数はかなりあるが、同じ路線バスの延長上に有るので、此処を二番目に訪問。鳥居の前の左手の石碑も凝灰岩だが、なんと朱を下地に金箔を貼った雰囲気が在る。左手の二つの石碑の内半分木札に隠れている方は稲井石で、もう一方は安山岩製である。元々は神社はこの奥の山頂に鎮座していたらしいが、城を築く為遷座したらしい。
登録:
投稿 (Atom)