2011年5月7日土曜日

房州石・古墳(N-7) 不動岩:富津磯石の故郷へ

遥か見上げる山の崖もこの様に切立っている。鋸山を軸に舟型に細長くドボンと大地が沈んだような形状が構成されている。

2011年5月6日金曜日

房州石・古墳(N-6) 不動岩:富津磯石の故郷へ

前の画像の一部分と同じものを少し拡大しています。下の画像と比較してみて下さい。明らかにその傾きが変わっています。此処では極狭い範囲で、この様に傾きが変化している様子を観察出来ます。
古墳関係の皆さんには興味が無いでしょうが、地質学を学ぶ方々にはある意味感動の地質風景です。建材として採掘されてきた房州石の産地は、実は地質学的には興味深い構造をしています。

2011年5月5日木曜日

房州石・古墳(N-5) 不動岩:富津磯石の故郷へ

ここから数枚の画像は「古墳」とは離れてしまいますが、この鋸山周辺で見る事の出来る地質学的に興味深い風景を見て頂きます。火山性砂泥互層が緩やかにカーブを描いて左に傾いています。後日、鋸山の南側の海岸風景もご紹介しますが、其処では此処と鏡で見る様に対照的に曲線が構成されています。手漕ぎのボートの前側の様な雰囲気の形状が構成されています。更に、地層の傾き具合も場所によって変わっています。鋸山のほぼ東西の軸に沿って地層が凹んでいるのです。

2011年5月4日水曜日

房州石・古墳(N-4) 不動岩:富津磯石の故郷へ

生痕化石の部分を拡大して撮影したもの。不思議な事に古墳に使われている砂岩・泥岩互層にはこの様な生痕化石を含む部分は見付からない。棲息している貝類や底生生物の種類が異なるのだろうが、どのような環境の相違が有るのか?興味深そうだが其処までは追えない!

2011年5月3日火曜日

房州石・古墳(N-3) 不動岩:富津磯石の故郷へ

火山爆発・噴火によるスコリアや火山灰が交互に堆積して構成された荒々しい地層の中にも、時には火山活動が比較的平穏で豊かな生物達が命を謳歌した時期が存在した事を物語る痕跡が見えます。崖は堆積後に殆ど垂直に近くまで変形しています。左手の遠くに見えるのは浜金谷港のみやげ物店とレストランの「ザ・フィッユ」でしょう。古墳に使われている泥岩・砂岩互層には一様に細い孔の生痕化石が残るのが特徴ですが、この崖に見られる様に周りの地質よりも少し硬くなった為に、崖から色々な形状が突き出している部分もやはり生痕化石です。

2011年5月2日月曜日

房州石・古墳(N-2) 不動岩:富津磯石の故郷へ

海峡の先に見えるのは三浦半島の野比海岸から観音崎附近。この附近は急傾斜の傾いた地層が沖合いまで岩礁の様に広がっている。この日は実に風の強い日で、カメラのレンズがホンの短い時間で波飛沫を受けて曇ってしまった。海水に浸りやすい部分は黒いけれどこの様に白い岩の層が広がっている。
3日間の富士山周辺の付加体地質を巡る題して「海底火山の痕跡を探す」小旅行から無事帰宅しました。主としてもう一つの「まくら状溶岩」のブログに関連した露頭探索でしたが、他にも興味深い地層を見学して来ました。

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