2013年4月6日土曜日

千葉の砂岩の風景 (1)  本銚子町周辺の石垣

普段は火山系の地質が主体なのだけれど、昨年の10月から銚子周辺の砂岩について調べ始めている。銚子付近は、地質の区分が難しいのだが、様々な砂岩を見る事が出来るので、ついつい嵌まってしまって、銚子以外の千葉県内も巡り始めているので、暫く房総半島の砂岩についてご案内して行こうと考えた次第。
明治時代以前から銚子は砂岩や荒砥の有名な産地なのです。犬吠崎灯台直下での採掘禁止となった昭和初期以来、外川築などでの採掘もほぼ終了した様ですが、銚子の地質構造について今尚様々な議論が在る様に、此処銚子の露頭を歩くと実に興味深い事に出会うのです。
砂岩がその最たるもので、チャートの礫や化石を含む石灰岩の礫など盛り沢山です。
ここでは銚子以外の千葉県内の砂岩産地やその応用製品を見聞きした事等を取り上げる予定です。

これは銚子電鉄「本銚子駅」から坂を下る途中の砂岩の石積み。私はドイツ積みは別にして、石積みは整然としたものにも興味があるがやはりこのように不規則系が大好きなのです。
石垣⇒石蔵⇒宝篋印塔⇒露頭等別に思い出すままに千葉県内の砂岩をご案内する。くれぐれも学問的内容は期待しないで頂きたい。ここ数か月に亘って銚子や南房総等で撮影した砂岩関係の画像からざっと60枚ほどを選び出してみた。おやおやこれから二か月も砂岩だけですね。千葉県は住んでみると実に地質の面白い所なんですよ。

2013年4月5日金曜日

保田の街の房州石 (28) P12-2 完

この塀はこの様にかなり長い距離を続いています。
この画像で、保田の街の房州石のご案内は一応終わります。
さて、明日からの画像はまだ何も整理していないので、何処の何をご案内したものやら・・・

2013年4月4日木曜日

保田の街の房州石 (27) P11-1

長狭街道から保田の街に戻り、JRの踏切を通過して少し駅の側に入った処に、この様な塀があります。遠目にはブロックに見えたけれど、これが全て房州石で造られていた。上の透かしの部分と下側とは建築年代が異なるのかもしれない。上の部分は水が溜まり易くて風化し易い様に見えるが現在の状態は非常に良い。

2013年4月3日水曜日

保田の街の房州石 (26) P10-2


塀に使われた石材の拡大画像。前の建物の石材の表面ともまた『少し違いますよね!
しかし、美しいですね。

2013年4月2日火曜日

保田の街の房州石 (26) P10-1

この画像も長狭街道に面したお宅のものです。前の画像の石材と似ている部分もあるしまた別の顔でもある。保田の街の房州石もあと二ヶ所である。
ここ暫く、拡大画像の表示が変だったがやっと元に戻った様だ。無料のブログを厚かましくも何年間か続けているので、文句も言えない。

2013年4月1日月曜日

保田の街の房州石 (25) 国道沿いP9-2


前の画像と同じ民家の石塀。この石塀をこの「保田の街」の石蔵の石材と比較してみて頂ければ幸い。流線がかなり違いますね!明日はまた別の民家の石塀です。

2013年3月31日日曜日

保田の街の房州石 (24) 長狭街道沿いでP9-1 

房州石には様々な堆積模様が有ります。というよりは同じものが殆ど無い。切り取った石材の相対する面が似通って居はいるが、異なる顔付です。但しパターンとしての類似性は在りますので、これを頼りに石材の産出地を探し求める訳ですが、丁場そのものは既に失われた空間の堆積模様ですから石材とその産出丁場を結びつけるのもかなり難しい作業になります。
この石材は長狭街道のICに近い民家の塀です。