2012年12月29日土曜日

勝浦・鵜原海岸の軽石 (9)

この5個の軽石がこの処ご案内している軽石のオールスターズ。下の大きな1個は生活の中で使われる様な独立した球形の気孔に見える。これだけが不透明。
明日から数日間の旅に出るので、今年の更新はこれが最後になる。
主として房州石と伊豆石を使用した建築物を見て歩くのだが、久し振りで枕状溶岩も観察の予定。海岸を歩くので、変わった軽石にも出会いたいと考えて居る。
枕状溶岩のブログはすっかりサボり続けているのだが、何処かで区切りを付けようとは考えて居る。当然の事ながら、すっかり閲覧数も低下してしまった。

2012年12月28日金曜日

鵜原海岸の軽石 (8)

前の画像と同一の軽石で縮尺も同一です。少しだけ平坦な部分が多い様に思える場所を選択してみました。

2012年12月27日木曜日

鵜原海岸の軽石 (7)

これは2個目の軽石を同様にサンドペーパーで平面を出し、温水洗浄を行ったもの。画面の横幅は大体13.7mm前の画像と異なり気孔は方向性は在るものの、それ程細長くは伸びていない。

石の教会 (10)

石の教会もこの辺で終わりです。無教会主義だと思って居た内村鑑三が何故この様な教会を欲したのか判らないのだが、美しい建物である。

年末年始は静岡で数日を過ごすので更新は少しストップするでしょう。軽石の画像は撮影済なので出来るだけ更新したいと思って居ます。

2012年12月26日水曜日

勝浦・鵜原海岸の軽石 (6)

これが前画像の軽石。表面は平たんに削っている。と言っても割れやすいので凸凹だが被写界深度の浅さはカバーできる程度。画面の縦方向は14mm

2012年12月25日火曜日

勝浦鵜原海岸の軽石 (5)

被写界深度を稼ぐために、逆に軽石を#400のエメリーで平坦にし、温水で洗浄した後で日光の助けを借りてカメラを三脚に置いて撮影してみました。拡大倍率も上げる事が出来ました。
実はこの軽石はこのシリーズの最初の画像と同じ軽石です。

2012年12月24日月曜日

勝浦海岸の軽石 (4)

前の軽石画像と同じものだが、こうして見ると表面よりかなり奥に焦点が合って居る事が判る。
今日は天気が良いので、軽石の表面をもう少し平坦にして、三脚を据えてマニュアルで焦点を合合せて撮影してみようかと思う。乞う!ご期待!なんてね!

石の教会 (9)

遊歩道は両側をこの様に石塀で囲まれているがその高さは様々に変化する。
両側の石が淡い影しか作らない時も、黒い陰で歩む路を隠す時も有るがどちらも美しい。

2012年12月23日日曜日

勝浦海岸の軽石 (3)

これは3個目の軽石これも複雑に気孔が成長しています。所々に大きな気泡が出来ている様です。大した数の軽石を採集した訳ではありませんが、独立した気泡を持つ軽石は一個だけで他はみなこの様な細長い気孔でした。風化した面は直ぐに割れて行ってしまうでしょうから、新鮮な面だけが見えるので、ガラスの透明感が興味深いです。画面の横幅は約2.8mmです。

石の教会 (8)

石の教会の壁や遊歩道、石塀を構築しているのはこの様な恐らく溶岩です。比較的石材としては小型のものを使う事で、緩やかな曲線を造りだし全体の柔らかさ、優しさの様なものを描き出しているのだと思われます。

2012年12月22日土曜日

勝浦海岸の軽石 (2)

最初の軽石の画像は比較的気孔がまっすぐ伸びていたが、この軽石の倍はかなり複雑な流動パターンを示している。或いは落下した時の衝撃で変形してしまったのだろうか?とも考えたがそれにしては複雑すぎる様な気がして結局?のまま!

石の教会 (7)

教会の裏側の入口の扉の上の部分。

2012年12月21日金曜日

勝浦海岸の軽石 (1)

10月の中旬に勝浦市の鵜原と言う場所に、凝灰質石材の房州石の仲間で「松部石」と言う石材を掘り出した丁場の見学と街中でのその石材の採用状況を観察に行きました。
その時に海岸の砂浜に透き通るようなガラスがまだ綺麗な軽石が沢山漂着していたのでこれを採集しました。私が採集したのは5個。このうち数個の気泡の様子を観察していましたが、このサイズの軽石は実体顕微鏡で見るにはやや大き過ぎて中々観察し難いものですから、今日はエイヤ!と手持ちカメラで気泡の様子を撮影してみました。
カメラはSONYα55と言う奴で、レンズは“DT 2.8/30 MACRO SAM”。
そのままではやや暗いので、実体顕微鏡の“U”字型の蛍光灯を外してレンズの外周に引っ掛けて手で押さえての撮影です。レンズの径と蛍光灯のカバーのサイズがぴったりでした。
画像の全幅は26.4mmですから、表示するパソコンの解像度次第ですが、私のパソコンではおおよそ10倍くらいの倍率で表示されます。手持ち撮影だった事も有って、ピントは自動設定にした為に気孔の奥の方にピントが合っています。
きちんとした画像はやはり三脚を建てて、マニュアルでピントを合わせないといけませんね。この軽石の場合は細長い気泡が大体揃って同じ方向に走っていますが、軽石によって様々ですね。

石の教会 (6)

遊歩道から教会の側面を見た画像です。「楯」の様な壁が角度を変えながら立っているその境界の本体と壁の継ぎ目の付近となりましょうか・この部分は木立に阻まれて中々思うようなアングルでの撮影は出来ませんでした。

2012年12月20日木曜日

石の教会 (5)

この画像も石の教会を取り巻く遊歩道の一部分です。緩やかな曲線が好きですね。

2012年12月18日火曜日

石の教会 (4)

レセプション(受付の方の意味ですが)辺り、大きな屋根とこの画面の左側にはデスク。

2012年12月17日月曜日

売津・居作越丁場の中の垣根掘り

今日は、売津古道を復活させる会の織本様に、私の所属する博物館の地学グループ11名と顧問の先生、更に金谷ストーンコミュニティの鈴木さんを交えて、売津の古道の一部と貯水池、売津丁場群、居作越丁場群、瀧ノ谷(やつ)丁場他をご案内頂いた。この画像は居作越丁場の一つに残っていた「垣根掘り」の途中工程のもの。試に横に掘り広げてみたが石質が合わなかったのか途中で放棄してしまったものらしい。「垣根掘り」の跡を壁面に見る事はあっても、この様に途中の作業工程までは中々見る事が出来ない。7月に此処を観察した時は手前の樹木が茂っていて気付かなかった様だ。
今日は午後から雨の予報だったが、幸い午後から晴れて来て夕方まで観察を続ける事が出来た。
何れ近い内に新しい画像をご案内したいと思って居ます。

石の教会 (3)

最初に紹介したこの教会の正面像から教会の入り口付近に近付いてみた。背後の唐松の紀の緑が建物のグレーの質感と妙にバランスが取れて居る様に見えたのはその場の雰囲気負けなのだろうか?春5月の軽井沢は中々に気持ちの清々しく成る場所でした。

2012年12月16日日曜日

石の教会 (2)

軽井沢の石の教会を訪ねた時の画像がたった一枚しかUPして無かった事に思い至ったので、続きを少し!心地よい散歩道であった。

2012年12月15日土曜日

箱根外輪山溶岩 (5-7) 本小松溶岩

この場所では冷却節理の上部に「ボサ」と呼ばれる発泡した溶岩の一部が残っています。溶岩流が此処に流れてきた時のままでは無い事は厚みが大きく変わって居るので判りますが、重機のサイズから見て3-4mは在りそうですね。赤ボサの部分は庭石などに販売が出来るそうです。

2012年12月14日金曜日

箱根外輪山溶岩 (5-6) 本小松溶岩

前の画像で見て頂いた野帳をスケールに置いた一枚の石材画像と同じようなものが、この様に崖面を構成していると思い直して見直すとこの採掘場のスケールがお判り頂けると思います。
明日、もう一枚の画像をupして、本小松溶岩を終わりましょう。

2012年12月13日木曜日

砂浜の黒いのは砂鉄ばかりじゃないゼ!

先日、鋸山を歩いた後で、竹岡に移動し国道を南下、竹岡・萩生の打越トンネルの南側から浜に下り崖の写真を撮った際に、小さな砂浜の黒い部分を一つまみ持ち帰って今日観察してみた。
予想通り、磁鉄鉱ばかりでは無くて輝石がかなり含まれて居る。自形結晶の面や稜がしっかり保たれているので、この傍の崖から来たものだろう。
千葉の砂には輝石が多い。

2012年12月12日水曜日

箱根外輪山熔岩 (5-5) 本小松溶岩

熔岩の破断面の画像がもう一枚ありましたので、ご案内します。前の画像や、根府川石の石材画像と比較してみて頂ければ幸いです。赤い横方向の筋は、石材を切断する為の見当でしょう。

2012年12月11日火曜日

箱根外輪山溶岩 (5-4) 本小松溶岩

石材1個の大きさを見て頂く為にフィールドノートを置いてみました。ノートの幅(手前に見えている)は9cmです。デカイですよ!
この処房州石の丁場跡の観察会の準備で画像のUPをつい失念していました。
年齢を重ねると段々とマルチタスクが出来ず、単純動作だけになってしまっています。残念!

2012年12月8日土曜日

箱根外輪山溶岩 (5-3) 本小松溶岩

丁場の石材岩塊の大きさがピンと来ないかもしれないので、大型のショベルが入った画像を一枚置きましょう。観察会の下見に見学させて頂いた時のものです。場所により冷却節理の入り方は様々で、これまで六角柱状節理が高くそびえる様なものばかり見て来た私にとっては新鮮な驚きでした。ここの丁場は良く観察会を受け入れているので、丁場全体を見渡せるような画像はご覧になっていると思います。

2012年12月7日金曜日

箱根外輪山溶岩 (5-2) 本小松溶岩採石場

本小松溶岩は、根府川溶岩と似たこの様な産状で採掘されています。根府川よりは厚みも長さも遥かにこちらの方が大きい部分が在ります。

2012年12月6日木曜日

箱根外輪山溶岩 (5-1) 本小松溶岩

本小松溶岩と言うのは真鶴でもJR線路よりも山側が中心に採掘されていて、高級な墓石として用いられているものが多く採掘されます。その中でも青目と赤目と言う区分が在り、これはその両者の違いを見て頂く為に両方を並べてみたものです。青目は実はもう少し深い色合いのものが恒久だそうです。

2012年12月5日水曜日

那須火山:車窓から

実は何時撮影したのかはっきりしないのだが、多分2010年の初冬の出張時に撮影したものだろうと思うのだが・・・ 偶然出て来たので、

2012年12月4日火曜日

箱根外輪山溶岩 (4-8) 岩溶岩

4-4でご案内した熔岩と同じ類のものですが、板状に参加した部分が入っているものを丁度その面で割れているものが在りましたのでご紹介します。
明日からは別の溶岩グループに移動します。

2012年12月3日月曜日

房州石と伊豆石:お詫びと訂正と

このブログの一番最初からの10枚の画像は足利の街で拝見したこの画像と大変よく似た石材で、当時房州石だけがこの様な美しい堆積模様を造ると思って居た小生はこれを房州石としてご紹介しました。自分のフィールドが房総半島から北関東に偏って居る為に、伊豆石を意識する事はあまりありませんでしたが、ここ数年伊豆にも年に2-3回足を向ける様になって、特に下田市内の古い建築物を見るようになってから、伊豆石と房州石の中に大変に良く似た石材が在る事に気付き始めました。
この画像は、下田市のペリーロードと言う細い川に面した家屋の戸袋の様な構造の部分に使われている石材ですが、足利の石材に良く似ています。
足利の石材については一度房州石の採石場を経営して居られた方に画像を見て頂いた事が有るのですが、その時は何処の産出か判らないとの事でした。
足利の石材とそっくりの石材が、石材産地の下田で使われているとなると、この石材産地は伊豆と(それも石材を多く採掘していた恐らく下田市内に)考えるのが妥当だと考えます。
足利の画像をリュックに入れて昨日も鋸山を歩きましたが、房州石との一番の違いはこの石材を構成する粒子の肌理の細かさに在る様に思います。勿論、軽石の部分には大きなものが含まれて居ますが、それでも大変に粒子の細かなものがこの堆積構造を作り出しています。暗い色調の部分も、これはスコリアや火山灰砂なのでしょうが、房州石に良く見られる数ミリのサイズのものは殆ど無いと言うのが決め手だと思います。
あまり多くの画像を撮影していなかったので、このブログでご案内するのは既にご案内した下記の画像と2枚だけに成りますが年末年始に下田を歩く機会に恵まれたら、少し詳細な写真を撮影してみようと思って居ます。伊豆は宿泊費が小生には高価で、中々南の方で宿泊出来ないので、下田は結構遠い場所です。もう一枚の画像はラベル「房州石と伊豆石」でご覧下さい。
千葉県内の比較的狭い範囲にも伊豆石が移入され使われて居る事が判っていますが、これからも慎重に判断を行い間違いのない情報提供に努めたいと考えて居ます。


2012年11月30日金曜日

箱根外輪山溶岩 (4-7) 岩溶岩

岩溶岩の崖にかなり熔岩の流れた様子が判りそうな面が見えていたので望遠レンズの登場。
傾斜の少ない場所での溶岩の流れは恐らく左から右へ流れるのだろうが、高低差が無い分惜しくらまんじゅうの様な雰囲気なのでしょう。

明日は浜金谷に行き、街中の房州石を撮影するか?千畑礫岩を観に行くかして午後は「石の街シンポジューム」を聴講。明後日は、鋸山を歩く予定。寒そうなので要注意!と言う事は二日間UP出来ません!

2012年11月27日火曜日

飯岡石の中の海綿骨針

千葉県旭市の飯岡地区から銚子市に掛けて屏風ヶ浦が広がっている。飯岡では屏風ヶ浦が起源と思われる「飯岡石」が海岸で拾われて古くは石垣や塀に使われたり、これを屋根の抑えに使っていた事が伝えられている。今では屏風ヶ浦の護岸工事によりその飯岡石もあまり取れないのだろうが、この石材は石灰質で他の屏風ヶ浦の地層とは事なり結構硬いものなので、この様な海綿本柄針や有孔虫や軽石などを破面で観察する事が出来る。
これは在る場所で小さく割って分けて下さったものを顕微鏡で観察したもの。
画像の横幅が大体2.2㎜。別に、有孔虫の半割りのものが在ったのだが、標本をいじくって居たらいつの間にかその化石が脱落してしまって実に残念。

この処、やや多忙に付、一週間程度余り更新をする事が出来ない可能性が在ります。
元気に東奔西走しつつ遊んでいます。

2012年11月24日土曜日

箱根外輪山溶岩 (4-6) 岩溶岩

 これは火砕流の様な堆積物が溶結したものと思われます。その理由は内部に含まれた角礫です。
黒い部分だけでは無く、参加した赤い部分も角礫状に破砕されてハンマーの先端部分には可なりの隙間が在る事が判ります。またハンマーの柄の部分位はやや大きな溶岩片が含まれて居ます。
白いのは海岸に近いので恐らく塩でしょう。同行者の一人が舐めて塩辛いと叫んでいました。
溶岩流でも破砕は起こりますが、ブロックで破砕されますので、この様に小さく破砕されているのは溶岩流の中(表面では在るかも)ではないのでしょう。

2012年11月23日金曜日

箱根外輪山溶岩 (4-5) 岩溶岩

何故か勝手に90度回転してしまった画像だがMこれも岩溶岩の転石。流理構造の部分が剥離して細長い空洞を形成してしまっている。しかもこの部分は細かく発泡している。
部分的に発砲した部分が無く硬いガラス質の表面を見せている部分も存在する。
外側表面を撮影した画像もあったので追加、これは大きめの火山弾の一部分かも知れないといった形状をしていますね。

2012年11月22日木曜日

箱根外輪山溶岩 (4-4) 岩溶岩 溶岩の表情

熔岩の破片は色々と興味深い構造を示して、眺めていて飽きないものだが、ここの溶岩も同様であり、幾つかご案内したい。但し、転石なのでこれが何時までもあるとは限らない。
この様岩片の場合は上部に発砲した部分が在り、下の方は流理に沿って、紅く酸化した部分が脈状と言うかフィルム状に存在する。流理に沿った部分がまだ熱い内に隙間を生じ、此処に空気が流れ込んで薄く酸化したものだろうか?かなり粘性が高かったものだろう。

2012年11月19日月曜日

箱根外輪山溶岩 (4-3) 岩溶岩

右手に続く溶岩流。この厚みは判り難いだろうが、画面右手に微かに見えるのが、岩大橋この高さまでは岩溶岩。1/25,000地形図では丘の上の標高は102~110mと記載されている。

2012年11月18日日曜日

箱根外輪山溶岩 (4-2) 岩溶岩・露頭の不整合

露頭ではこの様な不整合が在り、この中右手に溶岩がみられる。不整合の下位も同じ岩溶岩グループに属するのか?地質学会の「箱根火山」リーフレットでは判らないが恐らく同じ岩溶岩ぐるーくの別の噴火輪廻の溶岩或いはスコリアなのだろう。
画像の右手の溶岩は実に分厚いので、これだけの溶岩が流れる場合にはその下部層はかなり削り込まれる事も在る様に思える。

2012年11月17日土曜日

箱根外輪山溶岩 (4-1) 岩溶岩

真鶴半島に近付いた場所に、有料道路を走ると一般道から分かれて直ぐにトンネルに入りその直後に眺めの良い「岩大橋」を通過します。この岩大橋の北側の真下が岩溶岩です。
観察を終えてこれから湯河原の宿に向かう時に伊豆半島側を撮影したものです。

今日は、銚子の砂岩についての簡単な資料を書く積りだったのですが、もう少し資料が欲しくなって、再度銚子まで行き、外川海岸や数か所で銚子砂岩の使われている画像や、採石場跡地の写真を撮影し、午後に雨が強くなったので、撮影を諦めて銚子砂岩が使われていると言う石塔の部分を拝見する為に土浦まで行ってきました。土浦で、砂岩と共に古銅輝石安山岩と思われる岩片を拝見する事が出来ました。これは興味深い事に成りそうです。

2012年11月16日金曜日

箱根外輪山溶岩 (3-9) 米神溶岩

この露頭では一か所だけ下の米神熔岩が現れている。それも大きな溶岩流としてでは無くこの様に火山岩塊としてだから何処からか流されて来たのかもしれない。ハンマーを置き忘れたので雑草の大きさから溶岩の大きさを想定して下さい。画像の縦幅で2mは在るだろうか。
明日からは別の露頭に移動しましょう。

2012年11月15日木曜日

石灰質凝灰岩中のウミユリの化石:番外

友人から佐野の石灰岩層下部に在る火山砕屑岩を頂いた。フズリナの化石でも入っているだろうかと思い、実体顕微鏡で観察してみたが、化石部分が再結晶していて、外形は在るのだが元の組織が残っていない。下の画像などしっかりと四角の結晶が脱落したのが判る。
上の画像には軸らしいものが見えるので多分ウミユリの断面だろう。撮影はクローズアップレンズを用いて手持ち撮影をやってみた。下の画像にはアートナイフの先端部をスケール代わりに写しこんでみた。断面だけだと似たものが無い訳では無いが、フズリナだとこの様な軸は見えないので
チョイト形が違いますね。
 

箱根外輪山溶岩 (3-8) 岩塊を迂回する流れ

光の加減で中々流理構造をはっきり写せなくて苦労したのですが、中央の岩塊を取り巻き迂回して流れる溶岩の流線がお判り頂けるでしょうか?粘性の低い液体と異なるのは恐らく流速が低い為に、カルマン渦が見えない事でしょうか?
流体機械の製造に永く関わって来たので、この様な構造にはつい惹かれてしまいます。

2012年11月14日水曜日

箱根外輪山溶岩 (3-7) 根府川溶岩露頭の流理

前の画像で低い部分に広がっている流理構造の顕著な辺りを望遠で撮影したもの。ほぼ水平に見える流離に対してかなり高角の斜めの構造線が見える。

2012年11月13日火曜日

箱根外輪山溶岩 (3-6) 道路下の流理構造

江の浦漁港から南に海岸の道路下を歩くと三番目の溶岩が張り出した場所でこの露頭にお目に掛かる事が出来る。但し、時化の時は絶対に在るかない事!逃げ道が無いのです。
ここの流理構造は結構面白い!

2012年11月12日月曜日

第四回「金谷石のまちシンポジューム」のご案内

私は直接の関係者ではありませんが、興味を持って調べている房州石に関したシンポジュームの案内状を頂きましたのでご案内します。

クリックで大きくしてご覧下さい!


箱根外輪山溶岩 (3-5) 溶岩流の最下部

海岸を下ると様々な溶岩流の様態が見えて来る。大きな溶岩の二か所目の露頭では根府川溶岩が下の地層と接する部分が見えて来る。上の画像は急冷されて板状節理が発達した部分所々に赤く焼けたものが見えるが、これが下の地層との接触部下の画像はその内の在る部分を拡大してみたもの。 
溶岩流の本体部分から表面のアア溶岩風のガスが抜けた部分との距離は意外と短い。これは海岸の転石だが横幅はせいぜい50cm。この範囲に本体部分、脱ガスが行われている部分、更に酸化されている部分が収まっている。勿論これは溶岩の粘性・内部のガス分圧等によっても大きく変化するのだろう。


2012年11月11日日曜日

箱根外輪山溶岩 (3-4) 板状節理

フィールドノートをスケールに置いている。海岸に沿って少し南に下った地点の根府川溶岩です。