2013年5月11日土曜日

瀧ノ谷の更に奥へ (5)

丁場に居た時には、暗くて気付かなかったけれど、湿気の為か主仮面の石材が土丹の様な色合いを示していますね。黴の為にそう見えているのかもしれません。何れにせよこの部分はもう強度的に採掘に適さなかったのでしょう。
鋸山の直ぐ傍、例えばロープウエーの山麓駅付近でも少し東側に入ると、かなり大kな採掘跡が存在しますが、その付近もやはり強度的にはかなり低いので、場所によってはダイナマイトを使って埋め土様に採掘した場所も在るようですが、こうして手掘りでは埋め土に使うのは採算に合わないですね。

売津の付近では竹岡層はやや北下がりの傾斜なので、湊川に近い場所では比較的平地に近い場所にも採掘場が在り、南に下がるにつれて丁場の高さが段々と上がって行き居作越の峠付近まで丁場が続きます。それを思って、少しでも北に行けば良い材質のものが採れるかもしれないと考えたのでしょう。

2013年5月10日金曜日

瀧ノ谷の更に奥へ (4)


画面を少し引くとこの様に垣根掘りの幅が途中で狭まっている。前の画像は中央に石材の廃材が取り残されている部分。垣根掘りで掘り進んだものの石質が改善されないので、幅を狭めた事が判る。
(1)の画像で示した画像では右手の方に掘り進んだことになる。

2013年5月9日木曜日

瀧ノ谷の更に奥へ (3)

本当は真っ暗なのだが、懐中電灯の光でカメラを騙して無理やりフラッシュを焚かせて撮影した中の一枚だけピントが合った様だ。

この様に真っ直ぐ起つ事も出来ない高さで、垣根掘りが奥へ奥へと掘られて居ながら、割れた石材が
放棄されている。筑豊の炭鉱では、ふんどし一丁で、体を寝かせてツルハシを振るった事が画像に残されているがこの狭い横穴で、垣根掘りを行う苦労が忍ばれる。垣根掘りから1段だけ部分的に採掘したが、石質が悪かったのか?ひび割れが入って定寸の石材が採取出来なかったのか?此処で採掘が終わった様だ。

2013年5月8日水曜日

瀧ノ谷の更に奥へ (2)


明治から大正時代に採掘が行われていたらしいこの採掘跡には壁面に小さな祠が造られていた。
奥へ奥へと採掘が徐々に劣悪な状態になって行く事への恐れから彫り込んだのか、只ひたすらに安全を祈っての事か?最後の頃は、下に掘り進む事も出来ずに奥へ奥へと掘り進んだがとうとう、途中で採掘を放棄した事が伺われる丁場である。

2013年5月7日火曜日

瀧ノ谷の更に奥へ (1)


瀧ノ谷丁場の更に奥に、丁場が見付かったとの御知らせを頂いたのは今年に入って直ぐの事だった様に思うが、残念ながら小生の体調やらなんだかで、実現したのはそろそろマムシも目を覚ました頃だった。
大きさは瀧ノ谷丁場よりもやや小振りだが、色々と丁場の構造が興味深い造りに成っていた、
良い石材を求めて次々に採掘の方向を変えて行った事が理解出来る丁場だ。
ネコ車がやっと通れるほどの細い通路の先に突然この風景が開けてきた。
売津の谷の西側の斜面の大きな丁場の姿をご案内する。
尚、一人でかってに行くと危険です。

2013年5月6日月曜日

千葉の砂岩の風景 (30) 館山市内の石橋

館山市南部の観光地に近い場所に、砂岩を用いて築かれたこの様な橋があります。前のポイントで長靴が全く役に立たなかったので、つい此処は長靴無しで来てしまい、上流側に行く事が出来ずに悔しい思いをした処です。多分、長靴が在ればもう少し美しい姿を捉える事が出来たでしょう。
千葉には幾つか砂岩系の石材を用いためがね橋があります。

千葉の砂岩の風景は、丁度30回で一端切り上げましょう。と言っても明日からどんな画像をアップするかこれから考えます。
これまで二つのブログにアップした画像は2400枚以上。桜島の火山活動情報などは古いものは削除しているので既に3000画像程度はUPしたでしょうか?閲覧数はざっと7万程度。1~2年で終える積りが既に3年と8ヶ月とは随分長く続いたものです。

2013年5月5日日曜日

千葉の砂岩の風景 (29) 畳磯

畳磯の向って右側の画像。近付き過ぎて全体が入らなかった。下の画像はすこし海岸側へ戻って撮影したもの。古い絵葉書などでは此処で磯釣りをしている姿が残されて居たり、磯遊びの名所であった由が書かれているが、現在は漁港の堤防が接近を阻んでいて、畳磯との間には磯遊びの適地と思えるものは無いので、詳細は不明。古文書のみに残る採掘の場所。砂岩は痕跡が残理難いらしい。 
今日は、どうせ何処に行っても混雑すると思ったので、鎌倉を目指し、裏通りを方々歩き回って「鎌倉石」を大量に採用している建築や石垣、石塀を探した。人通りが多い時は、閑静な住宅街を歩く時は気軽だ。
幸い、其の住宅の御主人が、これは「雨水には弱いけれどもう採掘されていない「鎌倉石」です。とご教示頂いた石塀と石垣で幸いな事に、風化はしているが石材の粒子の構成などが良く判る場所を見付ける事が出来た。この画像を参照しながら、その他の石垣等を見て回る事で、「鎌倉石」の一つの典型を見る事が出来た様だ。