2013年6月22日土曜日

ハワイ・キラウエア火山のペレーの毛髪:顕微鏡画像

友人から頂いた表記毛髪数本を顕微鏡で観察してみた。殆ど真っ直ぐな表面が滑らかな円筒状だったが探してみると所々に欠けた部分が有ったので、デジカメをセットして撮影してみた。
実体顕微鏡では40倍どまりでこれでは全く観察にならず、偏光顕微鏡を用いて最終的に側面からLEDライトを当てたので、色はそのLEDに支配されている。
対物 x10,接眼x10,の組み合わせで、カメラはアダプターを取り付けて愛機“SONY α55”を乗っけた。この液晶モニターは確度が変えられるのと、焦点を合せる時はx7.5とx15の二つのモードが得られるので、7.5倍にしておいて、顕微鏡の焦点を微動ダイヤルで調整。
カメラのレンズは外していますので絞りは無関係で明るさはシャッター速度で調整されます。
勿論、振動を避ける為、2秒タイマーで撮影しました。
ガラスなので透過光は役に立たずに、補助に用いたLEDが有効でした。最終倍率は計算していません。撮影は3568x2368ピクセルで撮影し、横幅はそのままで1280ピクセルに画像を圧縮しています。斜めに成っているのは、LEDライトの照明を調整・固定し易い位置関係だったからです。
あと数枚を順次ご紹介します。

2013年6月21日金曜日

深岩石:旧帝国製麻の倉庫

鹿沼市には大谷石の仲間の「深岩石」で築かれた倉庫が数か所に現存する他、この建物の傍の鹿沼市の施設はその大部分に深岩石を再利用したとされる。
(一部には新しい大谷石も使われている)この倉庫は鹿沼の特産品だった麻の倉庫。

2013年6月20日木曜日

大谷石の風化 (10)

またしても画像が縦横回転してしまったが、表示には影響が無さそうなのでそのまま使いましょう。一応、これが最後の画像です。
大谷石の風化形態は、大谷石そのものの固結度や軽石の状況によって大きく異なるので、岩石の風化面を見る事の多い小生にとっては大変に興味深いものです。

東武鉄道の駅ホームの礎石には大谷石が大変多く使われていて、石材の下部に粉末化した大谷石が堆積している事は良く観察する事です。多分、これは列車からの振動にも影響しているのでしょうが、均質な大谷石の石材の場合にはまま目にする事です。
前の画像(9)の様に薄く剥がれるのは、大谷石に限った事では無く、新小松石や砂岩でも良く在る事です。
明日からどのような画像を御紹介する事に成るのか?まだ考えて居ません。何とかなるでしょう。

2013年6月19日水曜日

大谷石の風化 (9)

この画像も90°回転してしまったので縦横を同じピクセルで切出してみました。この部分は非常に薄い鱗片上に剥がれています。端っこに写っているのは1mm目盛のスケールです。

2013年6月18日火曜日

大谷石の風化 (8)

幾つか細長い溝の奥を観てみよう。これはスケールが入っている。限られた空間の超近接撮影なのでピントが完全に合わないのはご勘弁を願いたい。
モニターの環境にも拠るが大体10倍程度で見る事が出来ると思います。

2013年6月17日月曜日

大谷石の風化 (7)

何故かこの画像はどうトリミングしても、ブログにアップすると縦長の画像は横に圧縮され、画像を90°回転してUPすると又しても回転されて旨くアップ出来ないので苦肉の策で、縦横1280ピクセルで切り出してみた。大谷石の風化による細い空洞の奥に焦点をあてて撮影するとこの様に軽石の構造を残したままのような、緑泥石化した部分が見えた。この部分が徐々に風雨で洗いだされて風化が進むものの様だ。
クリックして拡大すると水平方向の構造に見えるからおかしい!元々は水平方向の構造です。

2013年6月16日日曜日

銚子砂岩 やっと矢穴を見付けた

何度か銚子石の産出地と思しき地域を歩いていたが、石材の採掘時に穿つ矢穴や、房州石の様なツルハシの痕跡が、地山の側に残っているのを見付ける事が出来なかったのだが、やっとこの様な矢穴の列を見付ける事が出来た。
砂岩は割れやすいので、花崗岩等に比べると矢穴の間隔が大変に詰まっている。
それでもこの場合は右手の部分が割れてしまったので、放棄されたものの様だ。
他にも数か所、貴重な痕跡を見る事が出来た。

大谷石の風化 (6)

前の画像と似ていますが、幅の広い変質部です。或は軽石が堆積して圧縮された面に平行なのかもしれません。変質部と残された結晶(石英か斜長石だと思われますが)の関係が前の画像よりも良く判ります。