2020年7月14日火曜日

岩石と地層の表情:077;元名石を用いた汐止橋

最近、ご先祖が鋸山南面での「元名石」の採掘に関わっておられた方の御子孫から大正時代の石材の受払い帳を拝見し、関連の写真なども拝見する機会に恵まれた。保田で最大の石切場を保有していた関口家と、丁場を任されていたご先祖との石材受払証文であった。
土木学会が「土木遺産」として認定されてから、直ぐ傍に駐車場が設置されたり、先日ある方々をご案内した処、壊れそうになっていた橋の袂の擁壁が補修されていてほっとした。
「元名石」鋸山北面のいわゆる「房州石」よりも早く採掘が始められた事が判っているのだが、残念ながら伊豆と同様に、房州石に押されて少し早い時期に操業を辞めざるを得なかった為に、文書類が失われている。
この「汐止橋」も鋸山南面の「元名石」では無く、鋸山北面の「房州石」ではないかと説を唱える方もおられるようだが、明治28年に架橋された「汐止橋」から僅か650m程の場所に元名石の積み出し港があったのだから、敢えて房州石を用いる必要が無い。
しかも、鋸山北面でも「新元名石」等の商標を使う程信頼の有った石材なのだから
下流側から見た「汐止橋」位置は国土地理院やGoogle で使える経緯度10進表示で“35.144407,139.837172”。駐車場は十分な広さが在るが、周囲の道路はやや狭いので慣れない方はチョット怖いかもしれない。ナニ!大丈夫だってさ!!
橋の袂の標石これは安山岩。
標石に「関口」の名が見える。関口家は旧農商務省地質調査所発行の「千葉県産建築石材試験報文」の「保田町」の項にも当地最大の石切場であると記載されている。
特長の一つ:輪石が四重に見える事。勿論、力を分散支持する輪石は一番内側のもので、他の「輪石」は根元まで走らず途中で止めている。
最も内側の輪石以外は途中で止まっている事が判る画像。更に布積の石材が斜めに走っている事が判る。反対側は雑草が在り見えないが近くから見ると同じ傾斜である事が判る。
尚、右岸側の石材は下の方では水平な積み方になっている。岸からの距離が短い事も有るのだと思われる。
左岸下流側の下の方の石済み。輪石は既にひとえになっている。石材の表面形状が、短いものと長いものがほぼ交互に並んで組まれているが、これは石材を内側に伸ばしておくことで側壁の強度を増す工夫で有り、後に横須賀などで「ブラフ積」と言われる擁壁の積み方の原型であろう。
この付近の表層地質は「河床および海浜堆積物」と記載されているが、河床には天津層の泥岩が露出しており、橋の荷重を支えている。天津層は海岸近くにも小丘を構成して露頭を構成している。画像は左岸側。
右岸側の輪石を橋の直下から見た図。尚、満ち潮の際にはこの付近まで海水が上がってくる可能性が有るが、普段の晴天時には川の流れは細く、容易に橋の直下に入る事が出来る。駐車場から河床までは階段が在る。
輪石内側の恐らく中心付近を写したもの。前の画像とこの画像の白丸で囲んだ部分は同じ部分を写している。
房総半島南部には、先般の「眺尾橋」とこの「汐止橋」以外にも館山や千倉方面まで数か所に石橋が知られているが何れも観察が難しい場所にあるので、その中から比較的探し易い館山市の「巴橋」をご紹介しておきます。この橋は川の水位が有るので深い長靴が無ければ橋の直下には入れない。

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