2017年6月24日土曜日

白い凝灰岩を用いた五輪塔 (8)  龍得寺の五輪塔

太田市新田上江田町の龍得寺には金山城主由良泰繁の墓と伝えられる五輪塔があります。しかしながら天神山での石切りが行われたのは、鎌倉時代(1185~ )から南北朝時代( ~1392)とされているので、地輪に刻まれた「天文十四(1545)年」とは一致しません。しかしながらこの五輪塔は太田市内の天神山産の凝灰岩の中では最大級とされます。





水輪の一部左半分程を写した下図では黒い小さな岩片が点在しているのがご覧いただけると思いますが、恐らくチャートが破砕されたものだと思われます。

天神山の石材には多かれ少なかれこの様に小岩片が含まれているのが特徴です。
下図の地輪画像では石材の不均質が現われています。但し、この五輪塔は風化を防ぐために20年前にシリカ系樹脂を注入しているので樹脂注入によるものかもしれません。

 尚、境内には、後の世代の安山岩製五輪塔や宝篋印塔が多数安置されています。
 五輪塔の覆屋の隣には家形の仏塔が安置されていました。安山岩~溶結凝灰岩が使われていますが産地を特定する事は出来ません。

境内には様々な様式の宝篋印塔等⑦ ⑧が安置されており、小型の五輪塔は一か所に纏められて祀られていました。殆ど安山岩なので、赤城山附近の産出ではないかと思われますが、赤城に関しては調査した事が無いので全く判らない領域です。





  続く

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