2011年6月6日月曜日

房州石・古墳(P-7)青掘内裏塚古墳

元々は天井石だったと思われる大きな岩塊。古墳を発掘調査するなんて文明人がこんな破壊的行為をするものなのですかね?発掘した人物は研究者なのでしょうか?尤も、発掘者と記念碑建立者が一緒とは限らないか?でもキチント発掘資料を残していなけりゃ盗掘と同じですよね。下の画像は石碑の前面から見たものですが、前の画像が見えますね。スケールは有りませんがこれで概略の大きさが判断出来ますね。

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