2020年6月22日月曜日

岩石と地層の表情:055;藤沢の鎌倉石

鎌倉石は上總層群の野島層や浦郷層の一部で採掘されていたらしく、1/5万地質図ではすこしづつ解釈の違いから図幅に少しばかりズレが存在するが、結構広い範囲で似たような石材が採掘されており、その一部は藤沢市内にも及ぶ関係で、市内にも各所に鎌倉石の石造物が残っていたのだが、市内の再開発や傷んだ建物の建て替えなどで現存する建物はどんどん減ってしまっている。神社や寺院などの建物関係は別にして、民間の建築物は現存させることは難しいのだろう。藤沢から小田急で一つ移動した「藤沢本町」に近い旧東海道に相当する県道43号線沿いに鎌倉石を用いた建物が二軒現存するのでご紹介する。他に数軒在った店舗や石蔵は再開発のあおりか?消滅した。房州石の大きな石蔵も一軒現存するがこれはまた機会を見てご案内したい。
地図の赤線は小田急で左手に切れる辺りが「藤沢本町」駅。黄色い線は右上がりの線が急東海道。水色で塗り潰した辺りは消滅した石蔵と腰壁に伊豆の凝灰岩を使っていた店舗が消滅した辺り。赤い小さな四角が鎌倉石の建物で。一軒は石蔵。東側にお寺さんへの参道があるので、近寄って観察する事が出来る好条件の建物。東側は商店の石蔵だったのだが、最近改装されて小洒落たパン屋さんになってしまった。
参考までに、地元の方々が調べられた藤沢付近の鎌倉石の石切場が在った場所の地図。残念ながら開発が進んでおりその痕跡はほぼ残っていない様だ。
「紙」を商いとした旧「鎌田商店」殿が明治三十(1897)年に建築した江の島方面の「片瀬山」方面の鎌倉石を用いて建設した「木骨石造」の石蔵と伝わっている。
隣接する「荘厳寺」参道側の壁面。人通りも無く、車も入らない様なので観察するには非常に条件が良い。
石壁の一部。褐色系の石材の色は恐らく磁鉄鉱等の鉄分由来の錆の色らしく、この様に部分的に剥離すると地色はかなり淡い色合いとなる。
剥離部分の拡大図。右下にスケールを手で支えて、カメラを片手で支えながらシャッターを切ったのだが、まあまあの移り具合。
石造建物の西側の壁。路地と思われた場所は、お寺さんの土地だった様で建物が建てられてしまったので、この側の側面は個人の敷地に入らなければ見えないかもしれない。
石蔵と石塀の建物の裏手。現在は左手の路地風の場所に、建物が建設されているので入れないだろう。瓦屋根の向こう側が前の画像の石壁になる。パン屋さんになったのは2019年1月頃らしい。
石塀の一部分。旧鎌田商店殿の石蔵の石材よりもやや色が淡い雰囲気。
藤沢市片瀬二丁目に在る「岩屋(岩谷)不動尊」境内の石切の跡。この付近の住宅地などの奥や道路沿いの藪の中には石切場の痕跡が数多く残る。

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