2018年12月12日水曜日

緑色凝灰岩の風化退色と下総式板碑の石材

銚子市の西側の九十九里浜の北端に当たる旭市の文殊堂で、風倒木で石仏が割れてしまったと云う情報をお聞きして、今日早速飛んで行ったのだが信仰厚い土地柄で既にその石仏は補修されていてその断面を見る事が出来なかった。
最初の画像は博物館の高橋直樹主任研究員が撮影したその破断面で、左側は一時的な風化色の淡緑色で、これがさらに進行すると淡褐色になってくる。右手のやや盛り上がった部分の濃緑色が「緑色凝灰岩」の本来の色彩なのです。二つの石材をご覧頂いて、風化前の色と風化後の色を見比べて頂く事は容易なのだが、実は殆ど信じて頂けない。折損例はこれを実証する為の好機なのだが、先ずそのような例には殆ど遭遇できない。
この折損事故のあった文殊堂は古い墓地で、未だに土葬の土饅頭がそのままに供養されている様な場所で、江戸時代からの銚子砂岩製の五輪塔や家形墓標も有る場所なのだが、以前から地元の石材である「飯岡石」の板碑が数多くある場所でもあるので、少々特異なこの板碑をご紹介したい。
緑色凝灰岩の風化に拠る退色は恐らく「緑泥石」が良く似た構造の「カオリン」に変化してしまうのだろうと思うのだが、正確な処は未だ調べていない。

緑色凝灰岩の石仏の折損部。撮影は千葉県立中央博物館地学研究科の高橋直樹主任研究員。

12月12日に私が訪問した時には既に修復されていた石仏

並んでいた石仏も伊豆の砂質の緑色凝灰岩が使われていた

飯岡石を用いた文化九年造立の石碑。飯岡石は白色の凝灰岩層が石灰質の生物遺骸で固化されたもの。小型のものは旭町の飯岡海岸で採取できるが、このように大きなものは海岸では採取出来ないと考えている。

飯岡石を用いた石碑

飯岡石を用いた供養塔

旭市の文化財に指定されている飯岡石のやや大型の板碑。縦横がほぼ1m。厚みは7~8 cm

この飯岡石の大形のものには殆どこのような生痕化石が観察される。表は文字を刻む前に平滑に仕上げているのかもしれない。海岸で波に運ばれたのであれば生痕化石がこの様に明瞭に残るのだろうかと疑問。

飯岡石に特徴的に観察されるスコリアによる荷重痕。

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