2011年5月24日火曜日

房州石・古墳(O-6)野毛大塚古墳:第二主体部

これは前の画像と同様に世田谷区立郷土資料館で、発掘資料をコピーさせて頂いたものです。
館内の説明書きによれば、「石材」:「シャコなどの水棲生物が入った穴があることから、東京湾沿岸の海成砂岩で千葉県富津周辺あるいは神奈川県三浦半島周辺が産地と考えられます。」 と書かれています。長手方向の石棺石材が実に巧妙に接続されています。下記はその石棺の組み方を示したものですが、石棺の長手方向の継ぎ手はとても穿孔貝の生痕化石が残るような柔らかい泥岩で出来る業では無いので、さきたま古墳群の博物館の「房州石」で作った古墳の分布に同列に並べられるものでは無いと考えられます。
石棺の周囲に不規則に点在する礫岩も、目を皿の様にしても「穿孔貝の生痕化石」らしきものは見付かりません。石棺の製造過程で発生した破片と最初は思ったのですが、鋭いエッヂも見えないので、或いは石棺を安定して据える為に河原石を搬入したのかもしれません。私が拝見した文献ではこの礫についての岩相などについて記載したものを見付ける事は出来ませんでした。

0 件のコメント: