2018年10月21日日曜日

川越 FW で観察した石材

昨日,20日は埼玉スリバチ学会のFWに参加させて頂き川越の街を歩く事が出来た。観察する事の出来た岩石・石材の一部をご紹介する。たまたま、サンプルが採れた岩石は水曜日に博物館で切断と研磨を行って記録する予定。



的場:法城寺の庭石は緑色岩だと云うのは判るが、似た様なものは下田市の三穂ヶ崎と板見漁港で、静岡地学会の方々が枕状溶岩だと言っている露頭で観察しているが、板見漁港のは枕じゃ無かったし沸石脈だった。拡大画像の方には緑色岩がチラリと顔を出している。正体不明。

河越館の常楽寺の燈籠。全体を写すのを忘れたので多分燈籠だと思うのだが、正徳二(1712)年の刻銘が有る安山岩。300年前のものだ。本小松の緻密さは無く結構隙間が有るのだが風化に強いので各地に同時代のものが有る様だ。

同じく常楽寺の緑色岩の庭石。枕状溶岩である。しかも周辺急冷帯が明瞭に確認出来る。伊豆よりは群馬の南牧村付近か,埼玉県産か?

日枝神社の基壇に使われた伊豆の凝灰岩。房州石と見た目が似ていて区別するのが非常に難しいのだが、奉納者の名を刻んだ標石が伊豆の細工物に使う石材なのと、明治三十四年二月と云う刻銘から伊豆の凝灰岩と見て間違いないと思われる。
顔付が似ているのに地質時代は伊豆の方が古くてその分風化に強い処が有る。風化した石材を接写して構成鉱物を調べているがどちらも決め手となる構成鉱物の決定打が無い。刷毛目の模様が今の処一番確実だが経験により差があるので困っている。

同じく日枝神社の「地理調,図根点は、何と云う事も無い花崗岩だが、地図マニアには垂涎のアイテムのようだ。

妙昌寺・経ヶ嶋弁才天礎石の小室石。顕微鏡で観察すると砂粒を石灰質の幕が取り囲んでいるのが判るが、FWでは、ややあばた面が観察ポイントの一つ。砂粒が抜けた跡。数色の礫が混じる事が多いので比較的判り易い

元町は養寿院の中の燈籠は、伊豆の緑色凝灰岩。細粒部を選んで使っておられる。

同じく養寿院の六地蔵の一つ。元々は六体共に緑色凝灰岩の彫刻だったのだろうが、現在は一体だけが緑色凝灰岩だ。他に二個の蓮華座が緑色凝灰岩で一番下の四角い台座は六体全て緑色凝灰岩が使われていた。

同じく養寿院の山門の敷石も目立たないが緑色凝灰岩が使われている。極一部しか表に現われていないのが残念。

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