2018年3月17日土曜日

草加宿の石工 青木宗義 (7) 成田山新勝寺

3月16日は天気予報が外れて朝から雨。フィールドワークには向かないので久し振りに博物館に行く事にしたが、序に少しだけ足を伸ばして午前中は成田山新勝寺に「石工 青木宗義」の燈籠を探しに行きました。予め、現在の本堂の前に安政五(1858)年に建てられた旧本堂前にその燈籠が有る事は判っていましたので、境内の様々な石材を眺めながら、現在は「釈迦堂」と呼ばれている旧本堂前で、燈籠に「石工青木宗義」の名を見付けました。
 文政九年に造られた石燈籠は現在も健全な状態でした。(燈籠は一対が奉納されています)

願主 日光道中草加宿六町目伊勢屋甚左衛門」、「同宿同町石工青木宗義」の文字が彫られていました。「草」の文字が昔の文字で草冠の基字なのでしょうか?辞書では探し出せません。

明治三十五(1902)年頃の古い街並みの状況が判る文献に「埼玉県営業便覧」がありますが、これには草加宿六丁目の部分に「伊勢屋甚左衛門」の名はありませんが、「札場」の屋号で「野口甚左衛門」があります。「伊勢屋」が本来の屋号で「札場」は、外からの呼び名だったかもしれません。

竿の部分に刻まれた年号は「文政九年」(1826)ですから、旧本堂よりも古い事に成ります。彫刻の一部を観ておきましょう。



この成田山新勝寺で恐らく一番大きな燈籠です。「石工燈明講」とあります。

釈迦堂の右隣は「聖天堂」です。大体「秘仏」が祀られている御堂です。御堂の前には沢山の「二股大根」像を刻んだ額が奉納されています。

実はこの大部分の素材がが凝灰岩です。私は石材に焦点を当てて撮影していたのですが、近づいてこられた妙齢のご婦人から「これは何ですか?」と問われてチョット言葉に詰まりましたが、きちんと説明させて頂きました。
続く予定

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