2019年12月13日金曜日

藤沢に鎌倉石を探す:12月13日

久し振りに、藤沢に行こうと思い立った。凝灰岩質石材の観察資料が間もなく関東各県だけで1,000件を超すので、これまでに調査がやや手薄な神奈川でもう少し房州から渡った「房州石」や地元の「鎌倉石」の観察例を増やしておきたいと考えた次第。目標は歴史的建築が残る神社の「階段石」、「灯篭」、「石祠」や「社殿の基壇と礎石」。尚、「鎌倉石」は、本来鎌倉の産出の筈だが、実はこの藤沢市や横須賀市の鷹取山でも採掘されていた。鎌倉は帳場の専有面積が小さく、傾斜地ばかりなので生産が需要に追い付かなかったのである。鎌倉市内には殆ど無数と言いたくなるほどの石切り場跡が残っている。
住まいからの距離が遠く、更に冬場は実働時間が陽射しで左右されるので、今日はやっと五か所を巡り、三か所で良い状態で感圧が出来たので、その中の藤沢市手広の熊野神社の例をご紹介。

今日の行動範囲。この付近はバスの便が良いので、バス停二つくらいの距離でも結構待たずに使えたので今日の歩数は 14,000 程度

熊野神社の参道。階段は安山岩。写真のUPはしないが、ここの鳥居は平成21年の建立なのに安山岩が使われている。珍しい。神社の造営は江戸地齋書記の1658年頃(明暦元年)とあるが、これは証拠としては採用できない。

階段を上ると、右手に火袋が失われた灯篭が目に入った。立派な「鎌倉石」製である。文政三(1820)年の造立。

火袋を支える筈の、中台は苔も少なく美しい表面が保たれている。

右手に並ぶ石祠はやや風化が進み、祀られている神の名は読めない。

一番右の石祠はかなり固い鎌倉石らしく、本体前面の両側の丸みが良く残っている。

丸みを帯びた石祠の部分拡大図

拝殿の礎石には玉石が使われていたが、本殿の礎石には鎌倉石の切り石が用いられていた。

礎石の表面の接写画像。

境内の背面は社殿を構える為に彫り込んでいる。この付近の地層は「池子層主部」の泥岩とたまに火山灰層が混じるが、地質図では古付近の鍵層は記載されていない。同じ池子層でも「高取山火砕岩部層」や「神武寺火砕岩泥岩部層」には石材として使える地層が多く含まれている。

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