2018年8月6日月曜日

岩槻区南部の三つの「久伊豆神社」

この付近には四か所の「久伊豆神社」が存在する。一昨年にその中の一つと地域では比較的大きな神社で石材の調査を行ったが目ぼしいものにぶつからなかったのでつい他の三か所の「久伊豆神社」を訊ねないままに時が過ぎていた。8月6日は猛暑の予想にしては早朝から日陰では涼しい風が吹いていたので、およそ 6 km 程のコースを歩いて残りの久伊豆神社を訪ねる事とした。何れも、伊豆の凝灰岩石材の使用が確認出来たので、夫々の扁額(「みどり」と呼ばれる彫刻に適した凝灰岩質石材が使われている)、本殿亀腹に彫られた建造時期、本殿礎石をご紹介する。

真福寺久伊豆神社扁額:縁取りの龍の彫刻にご注目頂きたい。尚、現在の淡褐色は緑色凝灰岩の風化色。この例のように屋根を掛けて頂くと非常に保存常態が良い。

同本殿亀腹に刻まれた奉納者氏名と左端に建造時期:明治四十一(1908)年六月。望遠レンズ( 200-300mm )で撮影している。

礎石の一例:次の岩崎の久伊豆神社の小丘上に建造された祠の礎石(七枚目の画像)と実は同じ石材で、彫刻用には適しないが「庚申塔」程度の文字は刻めるので百庚申の塔身等には良く使われている石材です。

岩崎久伊豆神社扁額:これも縁取りの龍の彫刻が繊細で素晴らしい。

同本殿亀腹に刻まれた奉納者氏名と建造時期:一部の文字が欠けてしまったが明治二十六(1893)年一月吉日と読める。

礎石の一例:風化に拠り表面が剥離しているが細粒の緑色凝灰岩で比較的水に強いようだ。

鳥居傍に小丘が築かれて、木造の祠が置かれている。祭神は不詳だがこの祠の礎石に使われた石材。風化の程度が大きく異なるので見た目は異なるが三枚目の画像と同じ石材。

岩崎久伊豆神社は低い段丘の上に鎮座するのだがその南側の未舗装の狭い道筋で邪悪の民の進入を阻む青面金剛像。天保十一庚子(1840)年正月の建立だが石工名は不詳。

下新井久伊豆神社扁額(本殿裏に置かれていたもの)二面共に、緑色凝灰岩だが、縁に龍の彫ものが有る方は他の久伊豆神社の例と同じ。手前のやや明るい方は粒状の凝灰質からなる緑色凝灰岩製。

同本殿亀腹に刻まれた奉納者氏名と左端に建造時期:明治四二十八(1895)年一月

本殿基壇に用いられた伊豆の刷毛目の凝灰岩。似たものが房州石にも見られるが、縞模様の構成から伊豆産と特定。

以上

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