2018年4月9日月曜日

柏市藤ヶ谷の香取神社

 国道16号沿いに在りながら歩くには少々距離が在り車では付近に駐車場余地が無く、気にはなって居たがもう数年そのままになって居る神社にとうとう行く事にした。16号の真っ直ぐな大きなうねりのような上下動だけの道をとぼとぼと歩くのは結構きつい。あれを越えたらと思ったらもう一つ波が在った!
 行っただけの事は有って、既に改修はされていたが、北側の階段の傍には、伊豆下田付近の石灰質生物遺骸に富む凝灰岩の厚い板が階段の段数だけ積み重ねて置いてあり、傍の庚申塔等の前にも同じ石材が同じ数だけ並んでいる。画像は側面なので緩やかだけれどラミナが明瞭に観察される。一番上だけが少々ぼろい!

石灰質生物遺骸(化石細片)に富む凝灰岩の表面

鳥居や手水鉢等に明治十五年(1882)の銘が入った物が多いのでこの時期にここで整備されたものと思われるが他にも伊豆の凝灰岩が使われた三峯山大権現碑、縁取りはすっかり風化で落ちているが、破片はしっかり残っていた。

縁の岩片は周辺に落ちていたが結構硬い。細粒の緑色凝灰岩

文化十年癸酉(1813)の年号は読めるが肝心の祭神のお名前が消えてしまった石碑等が多数。
道祖神は粒状の緑色凝灰岩に小豆色の小岩片が点在する天啓的な伊豆の凝灰岩。上賀茂。

明治三十一年ではまだ年月を対して経ていないのに、これも三峯大権現と同じ細粒の緑色凝灰岩。澤田石は熱水で石灰質を帯びた部分とそうでは無い部分で、やはりバラつきが大きいのだろうか?

 階段傍の汚れた石塔の泥を払うと「嘉永七寅(1854)年九月大吉日」の年号が在る。

左側二体は安山岩製。右手は細粒の緑色凝灰岩。是も風化が激しい!

或いは階段の石灰質凝灰岩の奉納された時期かもしれない!と多分、大収穫!!新しいものの石工は船橋の在。昔は船橋の勢力がこの付近まで及んでいたのだろう。確かに、我が家からは遠い。

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