


願主の名を刻んだ標石を見付けたが肝心な年号が良く読めなかったが(最近は視力も落ちてきた強い薬の影響かもしれない)「永八亥三月」の銘が読めたので、帰宅後調べると「安永八(1779)年」が亥年に当たる。

この時代であれば資料的価値が高いなと思ったが切石の寸法を測らなかったのが惜しまれる。この画像が件の「青面金剛像」です。

地元の地理に疎いので、30分に一本の越谷から少し外れの場所に行くバスで出掛けたが、帰りに新越谷からのバスが頻繁に直ぐ傍を走っているのを知ってがっかり!これならもっと早く来るべきだった。明日は新方地区を歩く予定だったが、早い時間に此処に立ち寄って寸法を計ってから回る事にした。
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