2016年11月4日金曜日

杉戸町杉戸:新明神社

街中のこじんまりとした神社ですが氏子の皆様は歴史を大切にしておられるようです。
創建は寛永七年ですが寛政七(1795)年に敷石工事を施工。社殿は嘉永四(1851)年債権と伝えられています。

社殿の屋根が欠けてしまいましたが、この神社の神域を示す石積みが興味深い石材を使っています。石垣の積み石は、熱水変質を受けた火山岩礫を含む典型的な緑色凝灰岩で、石切り場は不明ですが、湯ヶ島付近には過少に露頭が多く見受けられます。神社などの石垣石には実によく使われている石材です。また、その石垣の最上段の「笠石」はほぼ石灰質凝灰質砂礫岩です。一部に、細粒で緻密な緑色凝灰岩らしい石材がありますが、確認が少し難しい状態です。
比較的きれいな表面の石材を探すとこのように角礫を含んだ緑色凝灰岩で有る事が判ります。
少し広い範囲で見るとこのような雰囲気です。


正面階段の石材や石垣の一部の笠石にはこのようにの側面を見るとこのように、妙に白いものや側面に縞模様がうっすらと感じられるものが有ります。この白い部分はかなり石灰質が濃い部分で石灰岩と呼んでもおかしくはないのではと思われるものもありますが、貝殻やそのほかの生物遺骸を化石として含んだ石材が観察されます。石灰質と言うだけではなく実は凝灰岩質でもあります。


階段石の二段目の石材に注目頂くと


更にその一部を拡大してみるとこのように小さな白い破片のようなものが点在しているのが見えます。

この石材は通りから境内に入る際の飲食店の軒下にも何故か積み重ねられています。
積み重ねられた石材の側面には堆積時の構造模様がしっかりと観察されます。


使われている石材とその想定される産地:
石灰質凝灰質砂礫岩:伊豆下田付近
角礫を含む緑色凝灰岩:石切り場の所在は不明だが、湯ヶ島付近の歌唱で露頭が観察される。
資料整理番号:No.114642-03,最新観察時期:2015年8月19日
地理院地図10進座標系:36.028672,139.730156

2016年11月1日火曜日

木更津市草敷 八幡神社:旧階段石・高宕石

現在は境内の階段石として使われていないが、高宕石の特徴を示す石材が境内に残存している。



比較的目立つ石灰質生物遺骸が表面で観察される。







尚、少量の伊豆系と思われる細粒緻密な緑色凝灰岩を観察したが十分な観察が出来なかったのでここでは省略した。

使われている石材とその想定される産地:石灰質凝灰質砂礫岩;高宕石(石射太郎山)
資料整理番号:No.122068-01,最新観察時期:2016年2月11日
地理院地図10進座標系:35.331035,140.007657

木更津市大寺 熊野神社 (2/2):露盤・産地不明

熊野神社境内には、かってこの付近に存在したと言われる「大寺廃寺」の塔の五輪下に置く「露盤」と目される大型の石材が存在する。露盤については下記の説明図を参照ください。



露盤は特に保護される事も無く屋外に置かれている。




側面を観察すると幾分層構造が見えるがそれほど明瞭ではない。

石材の表面を接写すると生物遺骸の顔が見えてきた。


尚、この「露盤」石の横には、用途不明の円柱状の石材が置かれている。



尚、この石材は剥離した破片の観察から石灰質であることが判明している。

この石材に関する文化財調査の報告としては「木更津市菅生第二遺跡 大寺浄水場建設に伴う埋蔵文化財試掘調査報告書」,菅生遺跡調査会,1978に記載が有る。

石射太郎山は小糸川水系に、大寺廃寺(熊野神社)は小櫃川水系に近接している。「石製露盤」の想定仕上がり重量は、高宕石の比重を2.722程度(千葉県産建築石材試験報文記載値の高宕石の比重)として、130 x 130x 60 x 2.722 ÷ 1,000 = 2,760kg である。仮に未加工の素材として切り出しと搬出を行ったとすれば、140 x 140x 70 x 2.722 ÷ 1,000 = 3.734kg の重量となる。
明治時代に於いては石切場から最初に人背により平地まで搬出したと言う状況から考えると高宕石を用いた石材としては破格の大型石材と成る。
降ろす事は、斜面を滑り下ろす事が可能であろうが、これほどの大型石材を切り出す事が出来たのか、あるいは平場での移送がどのようになされたのか?興味深い。
既に採掘し尽くされてしまった可能性も否定できないが、採掘、海路での運搬に適したと思われる明鐘岬付近の石材を用いたとしても、「石灰質」である事の説明が付かず、山地については想定することが出来ない。


使われている石材とその想定される産地:石灰質凝灰質砂礫岩;高宕石に類似するが産地は不明資料整理番号:No.122068-03B,最新の観察時期:2016年10月20日
地理院地図10進座標系:35.397764,139.972972

2016年8月13日にUPした「木更津熊野神社の大寺廃寺露盤」は本項と重複するので削除した。

木更津市大寺 熊野神社 (1/2):敷石・高宕石

境内には大寺廃寺の露盤と目される石材が有る事でも有名だが、境内の参道には石灰質凝灰質砂礫岩である高宕石が敷かれている。敷石は鳥居付近から拝殿へ真っ直ぐに延びるものと、途中で分岐して右手の祠の痕跡へと伸びるものtの二筋である。



拝殿右手の祠跡



石材は表面に泥が掛り灰色に汚れているが、ところどころに写真でも判る程度の石灰質生物遺骸が現れているのを観察可能である。



敷石の例を挙げると





階段石の場合は、石切り場からの搬出に問題が有る為、断面形状に特徴があり、産地を確定しやすいが、切石の場合は、石灰質の生物遺骸、堆積構造、色調、等で見分けるしかない。高宕石の需要先は、祠等を調査した先行文献では極めて限定的だが、神社の石段としての用途はそれよりもはるかに広い分布を示すがそれでも君津・木更津市内の分布にほぼ限られている。

使われている石材とその想定される産地:石灰質凝灰質砂礫岩;高宕石(石射太郎山)
資料整理番号:No.122068-03A,最新の観察時期:2016年10月20日
地理院地図10進座標系:35.397764,139.972972

木更津市畑沢 浅間神社 (2/2):玉垣・伊豆凝灰岩

山麓の鳥居下階段周りには房州石と思われる石垣が積まれているが、その笠石の一つに下図の加工が施された石材が置かれている。



この石材は実は伊豆石の階段に多く観察される階段の側板です。回転してみて頂くとその事が理解されると思います。


石材は細粒緻密な凝灰岩と思われ、これは山上の玉垣に用いられた石材と一致する。
玉垣には「文久三(1863)年六月吉日 當村氏子中」の文字が刻まれている。玉垣の彫刻は




風化剥離した部分を拡大すると細粒で緻密な緑色凝灰岩であることが判る。



下の画像は、玉垣から階段を見下ろした状態。下の幟旗が有る部分までが急傾斜の安山岩を用いた階段。この部分は寸法は測定しなかったが踏面の幅が狭く歩き難い。
高宕石の階段とこの部分は別に緩やかなスロープが作られている。尚、それより下方の石段は幅広の歩きやすいコンクリート製である。



使われている石材とその想定される産地:伊豆半島産の細粒緻密な凝灰岩。河津の澤田石等もその候補として考えられる。階段石は直接その岩相を観察出来ないが、角や踏面の摩耗状況などから安山岩と思われる。
資料整理番号:No.122068-04B, 最新の調査時期:2016年10月26日
地理院地図10進座標系:35.349055,139.901158

木更津市畑沢 浅間神社 (1/2):階段石・高宕石

木更津市畑沢の沖合はかっては良好な漁場が広がっていたのだが、漁場は埋め立てられ、現在は新日鉄がそこに立地している。神社に隣り合わせて「畑沢漁業組合解散記念碑」が在る。
その旧海岸に近い標高約55mの丘陵の上に浅間神社は立地しており、居住区からは長い階段を登らねばならない。畑沢浅間神社の本殿前広場には文久三(1863)年の銘が有る伊豆軟石(後述する)を用いた玉垣が残るが、そのやや下方に、石質を異にするこの56段の石段が現存します。



階段に用いられた石材を観察すると、石灰質の生物遺骸を含み、石材の断面形状も一般的な階段石の直方体とは異なり、背面を抜いて“L”字を伏せた特徴的な形状をしている。図はこの階段脇に他の石材と共に積み重ねられているもの。
高宕石の石切り場は急傾斜の丘陵地に立地する為に、石切り場から一般道までの間は人背に依って運びおろす必要が有る為に、背面を取り除くことで軽量化を図ったものと思われる。
断面形状の特異な点を強調するためにトリミングした。スケールは20cm。


この断面形状は階段の途中の、側板が倒れた場所でも確認できる。



階段下には「奉納 波岡村小鍛冶職 大森 大正十四年十月吉日」と刻まれた奉献碑が有る。

高宕石を含む房州石がまだ開発途上にある時期には、伊豆の凝灰岩質石材が大量に房総半島を含む関東一円に運び込まれ利用されていたことが考えられる。
この神社の北東方 約10km に位置する袖ヶ浦市の坂戸神社では伊豆石の階段とその石材のみが確認されており、現状ではこの神社が産出地から最も遠い需要地となる。

使われている石材とその想定される産地:石灰質凝灰質砂礫岩;高宕石(石射太郎山)
資料整理番号:No.122068-04A, 最新の調査時期:2016年10月26日
地理院地図10進座標系:35.349055,139.901158

2016年9月6日火曜日

へそ石 (5) 断面

本当はヘソの軸に沿った断面図を紹介したかったのだが、どうにも見付からない。
申し訳ないが古い画像から軸に直角な、前回紹介した剪断割れの面だけの画像です。
何故かヘソが見えない。でもこの堅いノジュールの破断面に見える不均一が面白い。






断面には、時折、黄銅鉱の結晶が見える事もあるのだが、これじゃ判りませんね。残念!
ヘソ石については取り敢えずこれで終わり。今度南房総を歩いた時には拾って来ましょう。