今日はやや広い範囲の地図からスタートです。画面上の富津岬とその先の東京湾に浮かぶ白丸印は左から「東京湾第二海堡」、「東京湾第一海堡」岬の中に在るのが「富津元洲砲台」で、左手、神奈川県側の白丸は「観音崎砲台」です。元洲砲台には、「房州石」と呼ばれる凝灰岩質石材が使われていますが、一部に伊豆半島産の細粒緑色凝灰岩が使われています。第一海堡には、堅石は伊豆方面からの石材が主体ですが、凝灰岩質石材は鋸山よりは少し北の「売津」地区の石材が使われています。第二海堡は、千葉県側には此処への石材納入で潤ったという話は全く無いのと、石材の使用量に比べてその費用が極端に少ないので、横須賀の現在は米軍基地となっている場所を中心に採掘した軍部の自前の石材が多かった様です。
観音崎第一・第二砲台には、凝灰岩としては伊豆の下田方面の石材が大量に使われています。
磯根崎は富津岬の南側にポツンと張り出した赤丸で印をした岬ですが運が良ければ面白い地層を観察できる場所ですが、行く前に必ず「干潮」時間帯を調べて干潮の時間帯に行動して下さい。黄色は「東京湾観音」です。海岸の崩落で、様々な地層の残骸が観察される場所ですが、常に崖の崩落の危険がある事。潮が満ちると岬から帰る事が出来なくなる可能性が有る事を認識して行動して下さい。
二枚目は富津地域の地質図の抜粋です。岬はほぼ“Ksn”「笠森層長浜砂礫部層」と言う小さな礫ばかりの層とか大きな円礫の層が適度に分布しながら、何処から来た礫か判らないものが混じっているチョット不思議な地層です。
駅から歩いてくると海岸の砂浜が狭くなる辺りにこんな乱堆積層が観察されます。崩落の検出用ワイヤーなどが今も張られていると思いますので触らない様にお願いします。
潮が引いている時は岬の方の景色はこんな雰囲気です。普段は崖のぎりぎりの処迄海水が来ています。釣りの連中は長靴で平気で出入りしていますが、慣れないと急に深くなっている様に見える海水の色でチョット怖いかもしれません。
岬への道を辿りながら振り向くとこんな雰囲気です。黄色で囲んだ部分が乱堆積層の露頭です。
海岸にはこんな岩片が観察されます。不定形の鉄錆色の岩片も割ってみると似たような構造をしています。
地層を良く見て頂くために画像を回転しています。砂泥互層的な「砂鉄泥互層」の地層もあります。黒い部分には、砂鉄だけでは無く輝石も混じっています。そう!凝灰質なのです。
これは「長浜砂礫層」の小礫の部分です。南の嶺岡山地からの岩石もありますが、南には無い岩石もあり含まれている岩石の出自を調べるのも面白いようです。
これは砂鉄を多く含む層の下部に生痕化石が生じている岩塊です。堆積時やその後の地層の変動よりも、底生生物に拠る擾乱がこの形状を作り出しています。但し、何時も見る事が出来る訳ではありません。
硬貨をスケールにするとお判り頂けると思いますが、小さな巣穴等が砂鉄で固まっています。
こちらは「ウニ」でも動き回ったのでしょうか?化石は全く知識が無いのでですが、見事な生痕化石です。
尚、この南に「上総湊」への海岸が広がっていますが、その一部に東京湾の浚渫土砂で埋め立てた場所が在ります。海流に乗ってその浚渫土砂の中の貝化石などが、この付近(岬の南側ですが)までたどり着く可能性が有りますので、化石採集の際は注意が必要です。千葉県立中央博物館から「房総半島の海岸打ち上げ及び埋め立て地の化石群」と言う地学資料集が発行されています。
0 件のコメント:
コメントを投稿