三社大神の御神体の一つ「木造弁天様」は「宇賀神」様との習合された不思議な御姿。
今日は草加市北部の八幡町の氷川神社からスタートして最後は取りこぼしていた市街地の谷古宇稲荷まで五社を巡った。神明町の神明宮から川沿いに西に少し歩くと、神明宮と殆ど同じ時期の創建と思われるこじんまりとした「三社大神」が祀られている。久野家八代目様に拠れば、元々は表通りに面して居たのが何らかの事情で川沿いに移転されたのだとお聞きした。三社大神とは、元々の「大六天」と、伊勢屋甚左衛門家から合祀された稲荷神社と、弁才天が祀られている事に由来すると云う。
江戸から明治に多く使われた石材の調査をしている事をお話した処、社殿の扉を開いて一部が破損してしまった鳥居に掛ける扁額を拝見する事が出来た。
石材は伊豆半島は下田市上賀茂に産出する凝灰岩であったが、綺麗に磨かれて艶が有る。
割れているのはもったいないが、拝見すると扁額の裏の署名は「二代目 石工 青木荘左衛門」と在るが、表の「印」は二つに分かれて「青木」と「宗義」と読める。勿論、小さな「印形」なので「義」の文字は簡略にされている。珍しいものを拝見させて頂いた。
「青木宗義」の署名は、小田原出身の石工の系で、東照宮の造営に参加し、その後この草加に住み着いた方の名前で、「宗義」の名は次いでおられないが、現在も石材業を営まれている家系。尚、文献により下図の「荘」が「庄」と書かれたものが有る。
また、三社の内の弁才天様の御神体が、これがまた珍しいと思うのだが、宇賀神信仰と習合して丁髷を結い、伸ばした髭が大蛇の尻尾に繋がった形をしている。
大蛇のとぐろの外径は95~100 mm 程度。良いお顔をしておられる。越谷の河川史研究会の1月FWに参加させて頂いた折のにわか仕込みの知識が凄い経験を呼び込んでくれた。
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