2017年4月13日木曜日

銚子砂岩の風景(7) 街中の砂岩の風景;飯沼観音から本銚子まで

銚子の街中には、地元産出の銚子石を様々な形で使われたものが残っています。ここでは銚子電鉄の「飯沼観音」から一つ隣の「本銚子」までの移動に街中の銚子石等を観察しながら散策する一つのコース例を御案内します。数年前に千葉県立中央博物館の「地質の日」の行事で御案内させて頂いたコースの一部です。

 最初の立ち寄り先は飯沼観音に接した銚港神社です。残念ながら壊れてしまいましたが、ここの鳥居は砂岩でできていました。幸いな事にその一部が、入り口付近と奥の本殿脇に保存されています。

飯沼観音の中を通っても行けますが、銚港神社の手前から裏手の駐車場に回ると、宝篋印塔と五輪塔が整理されて保存されている一角が有ります。霞ヶ浦周辺地域には銚子石製の仏塔や宝篋印塔、墓石等が数多く分布しています。



 下図は大谷石製の石蔵ですが、石材の表面に幾つか流紋岩質の小岩片が観察されます。宇都宮市の北東部の下田原町に採掘中で立ち入れない場所ですが似た様な岩石露頭があります。これからご紹介する二つの銚子石製の石蔵との比較観察用に紹介します!

銚子市内でも数少ない銚子砂岩を使った石蔵とその石材の拡大画像です。煉瓦より少し大きな切石を組み上げたもので、類似形状の切石は次回ご案内予定の外川町の石垣で観察されます。



 神宮司商店の石蔵で、大きな石材を用いた立派な石蔵でしたが、2011年の震災で壁を残して崩落してしまいました。

次図は「港町銚子における河岸の利用形態と商業活動:飯沼地区を事例として,山澤他,現筑波大学1998」からこの地域の明治20年の町割り資料として抜粋引用したもので、この一角が「和田船溜」に面して居た事を示しています。中心部は公園になっています。

 銚子では石蔵よりも土蔵が多いように見えますが、この様に外壁を下見板で囲んだ⑩蔵は、石蔵か土蔵か?判らないので我々にとっては困りものです。耐火構造の蔵に可燃性の「下見板」を張るのは筋が通らない様に思われますが、周辺に火災が発生した時には時には下見板を竹竿一本で簡単に取り外す事が出来るので、耐火性を落とす事にはなりません。潮風で塩害風化が激しい地域の知恵ですね。

 路地の石垣の間知石に使われた海鹿島砂礫岩の例です。海岸の岩場から採掘した為に、穿孔貝の巣穴化石が観察されるものもあります。



 清水坂下交差点から清水小学校に登る通学路の石垣を学校側から眺めたものです。同じような石垣はその左手の路地でも観察可能です。坂の途中に「海静寺」があります。この境内では、黒生瓦、房州石、銚子石と古銅輝石安山岩を組み合わせた灯篭等がありますが、これは別稿で取り上げる予定です。
 次回は銚子半島の南側にある紀州漁民が初手から築き上げた「外川町」の砂岩の風景を御案内します。

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