2016年6月13日月曜日

No.041009-06.仙台市秋保町 磊々峡:らいらいきょう

秋保石はその昔にはこの名取川が作り上げた「磊々峡」の奇勝の川底で採掘していたとの話を聞いた事が有る。2010年の5月に再就職先の出張で仙台に行く機会を得たので、名取川河床で観察されると言う枕状溶岩を探す事と、上流のこの磊々峡を歩く事を密かにスケジュールに入れていた。








当時は望遠レンズを持っていなかった(この頃はキヤノンパワーショットSX10 を使用していた)ので
激しい降雨と相まってクリアな画像を取れなかったが、一瞬、圧密構造(ユータキシティック構造)を疑ったが、これは違った様ですね)




予想だにしなかった再就職が出来て、しかも出張が多く、それなりに厚遇して頂いて、随分と各地の地質について見聞を広げる事が出来たのは幸せだった。

2016年6月12日日曜日

No.131237-01. 江戸川区 桑川神社 灯籠の基壇石材

岩相そのものは、特に珍しいものでは無いのだが、それが現存して居る場所の事を考えると「何故、此処に?」と言う思いと、本当に此処まで運ばれて来たの?何処か他に似たような石材が在るのだろうか?と言う疑念がふつふつと沸いてくる。そんな石材がある。
創建は不明だが、文久年間(1861-1864)に火災で全ての古文書が失われたと言うから、灯籠の建立が文久年間の直後だとすればありえない事でもないとは思うのだが、一個だけこの判断に合致しない石材があるので、判らないものだ!
尚、灯籠なのだが、上部構造は作り替えられているので参考にならない。中間部にこれだけ堅い石材を使いながら、何故、基壇背k材が、その中間部の産地と関係ないものになったのかも興味深い。石材の画像だけを御案内する。画像は夫々切石1個の画像とその一部の詳細図の組み合わせ。












中には風化剥離した地肌がこんな緑色岩が混じっている

2016年6月11日土曜日

諏訪之瀬島の火映が強く

別に今日始まった事では無いが、諏訪之瀬島の火映が強い。火映は火口内の条件と共にその上の雲の状況で見え方が大きく異なるので観方に注意が必要だが今日も強い










2016年6月10日金曜日

No.122271-03 浦安市堀江 清龍神社本殿礎石小松石の剥離風化

本殿の礎石には真鶴半島の海岸部で採掘されていた新小松石が使われている。この石材は他の箱根熔岩に比べると凝灰岩に近い強度しかないので比較的早くから採掘されていたが、強度が小さいと言うのは、密度に由来し、更に隙間があって吸水性が高いので、風化の際に剥離し易い。
拝殿の礎石(基壇)を背後から観察すると


やはり風化していますね。間知石をたいへん滑らかに整形している。これは江戸城などの場合は数も多いのでとても出来ない分部も有るのだが、やはり硬さが異なるのです。但し、細かく石材を観ていると圧密構造が観察される芦野石の石材も含まれています。

この画面に含まれた石垣の間知石にも表面が剥がれた間知石が有ります。

剥がれたようには見えないかもしれませんが上の画像に含まれた表面が剥離した石材の画像の接写画像をご覧頂きましょう。剥離はこの様にたいへん薄く目立たない事も有ります。

剥がれた後は、かなり滑らかな表面となっています。

2016年6月9日木曜日

No.122271-03 浦安市堀江 清龍神社外構の房州石

神社の裏手のごく一部に房州石らしい石材を用いた石塀が残っている。
参考用に御紹介する。設置環境はかなり悪い様で、この撮影日には晴天であったにも関わらず結構湿気っていた。



















この画像だけ見ると房州石は弱いと言うイメージが定着すると困るので、箱根熔岩の小松石だって風化の影響で量は少ないけれど風化で剥がれる事を次回の画像で見て頂こう。

2016年6月8日水曜日

No.122271-03 浦安市堀江 清龍(せいりゅう)神社拝殿の伊豆石

境内の灯籠を御案内したので、拝殿の礎石に用いられている伊豆石を御紹介しておきたい。
殆どの参詣者がそんな場所までは観ないだろうと思うのだが、拝殿礎石には鮮やかな緑色凝灰岩と石灰質凝灰質砂礫岩が重ねて用いられている。此処には石灰質凝灰質砂岩が用いれれる事が多く、緑色凝灰岩と併用する様な例は今の処他に観た事が無い。
礎石はまず拝殿回りの回廊の下にあるのです。これは参道を入って来て左側側面です。

金属製の回廊を支える支柱の間を覗くとこんな風景が見えます。

その日の天候により淡い緑に観えたりやや濃い目の青に見えたりかなり色合いは変化します。

緑~淡い青に見える部分は、昔は湯ヶ島層群と呼ばれ、現在は白浜層群の中で、熱水変質を受けた凝灰岩として分類されている地層から切り出されたものですが、残念ながら具体的な石切場は今の処確定するだけの情報が集積されていません。
緑~淡い青色の下の、落ち葉との間に見える部分が、下田付近の石灰質凝灰質砂岩(砂礫岩)の分部です。
この神社には2012年に参詣しているが、その時期には房州石の調査だけをやっていてそれ以外の石材は調査対象では無かったし、殆どが「石蔵」を探していた為に、取り敢えず撮影はしたのですが、下部に砂岩質の石材が使われて居た事までは気付いていませんでした。房総半島の高宕石と、伊豆半島のこの石材との違いがやっと判るようになったので、今回は直ぐに気付きました。下の画像ならば、その砂岩の部分が確認出来るでしょう。

2012年10月の晴れた日に撮影した同じ位置の画像がありましたので御紹介しておきます。やはり色合いが違いますね。

正面側からは礎石を観察出来る位置が限られていますが、下記はその一例です。

真ん中の部分を少し拡大して御案内しましょう。細かな岩相の比較も大切です。


房州石の分部は次回にしましょう。

2016年6月7日火曜日

万成石の灯籠

お江戸の三社祭は有名ですが、千葉県浦安市の三社祭りもかなり広い地域で御神輿の渡御が行われるのだそうで、先日、たまたまこの三社祭の行われる「清瀧(せいりゅう「)神社、豊受神社、稲荷神社に用いられている石材の観察に行きました際に、その祭りの規模の大きさに驚きました。
清瀧神社本殿は安政二年(1855)年の再建で、礎石に伊豆産の緑色凝灰岩と石灰質凝灰質礫岩が用いられているのですが、境内の灯籠に淡い桜色の灯籠がありました。万成石と言う確証はありませんが、類例の一つとしてご紹介しておきます。大正十一年十月吉日の記銘があります。
勿論、一対です。別に天保十三年(1842)の常夜灯は石質を確認出来ませんでした。
岩肌はかなり綺麗です。
結晶の粒度を観る為にスケール入りの画像も置きます。

神社は、前日の四日が御神輿の合同渡御。17日夕刻から宵宮。19日までのお祭りの様です。
私は九州の出身で、祭りの様式が全く異なり、三社祭については全く知識が無く残念。
こんな雰囲気の中で、たまたま、当該の三社を巡ってしまいました。