2016年3月14日月曜日

古い画像だが、霧島連山(1) えびの高原硫黄山付近

千葉県立中央博物館の春の季節展「石材が語る 火山がつくった日本列島」が始まりました。私も昨日の日曜日に説明の応援員として終日詰めていました。

展示の中に、霧島連山の中で一番好きな「韓国岳」の画像が有るのですが、見ていると懐かしくなり、探してみると2011年に「死都日本」シンポジュームで宮崎に行った際に、病後の回復しきれていなかった体で、これが最後かもしれないと思いながら縦走した際の画像が出て来ました。
当時はオリンパスの“OM-1”と言うフィルムカメラを愛用していたので、これはフィイルムスキャナーで読み取ったものです。かなり色がボケていますが、今丁度、活動が活発化している硫黄山の画像が有りましたので、これと併せて縦走した際の画像を少しご紹介します。


































一番下の画像は既に韓国岳の登山道を歩き出してからのものです。その上の画像の遊歩道は既に立ち入り禁止区域に入っている筈です。昨日展示をご覧になられた方たちの中に妙に硫黄の結晶に興味を持たれた方が居られたので硫黄の画像も入れてみました。

2016年2月27日土曜日

千葉県立中央博物館 「石材が語る 火山がつくった日本列島」展のご案内

3月12日から6月5日まで下記の展示が開催されますのでご案内します。




私も少しだけ展示に協力しています。





2016年2月19日金曜日

小櫃川流域の高宕石製階段:君津市箕輪 熊野神社

高宕石の産地は小糸川の流域に在るので、この川の流域の石材採用状況分布を調べていたのだが、フト思いついて、やや東側の小櫃川沿いの神社でも使われていないか調査をしてみた処、以外にも数多くの神社の階段で使われている事が判った。
以下は、現在は参道と拝殿を改修して、参道には全く使われていないのだけれど、かって使われていた高宕石の階段石を廃棄しないで境内の片隅に残していた例を見付けた例を御案内しよう。

境内に置かれていた石材の数は結構な数であった。



苔むした石材の表面に貝殻片が見える。

形状は、石射太郎の石切場近くで観察したものと全く同じで、背面をしっかり盗んでいる。

たまたま、当日は神社の祭礼の日で、あまり時間は無かったけれど氏子の方々からお話を伺うことが出来た。現在の形に、階段石をコンクリート製に改修したのは35年ほど前の事だったらしい。
しかも、階段石は全てこの画像に示した通り、背面を盗んでいて、普段のちょっとした修繕の時には軽いので結構楽だったとのお話も伺う事が出来た。
この石材が仏塔等にどのように使われたかと言う先行研究が実は存在する。この先行研究では、高宕石と共に、やや南の鴨川に近い地域に産出した七里川石と共に調査が行われていたのだが、仏塔の類に比べると、階段石はかなり広い範囲において使われていた事が判明したのは興味深い事でした。
この日は、木更津市と君津市で6か所の神社を巡り5か所でその使用を確認できた。地図で階段の段数が多そうな神社ばかりを狙って回ったので、正直一日の予定が終った時は足がガタガタだったので、帰途は鴨川経由として、太平洋を眺める展望風呂で体を休めてから帰宅した。

この神社は、地域の支える力が強い様で、車も直ぐ傍まで入れるように改修されていて、氏子だけでなく神主殿も車で参集しておられた。

使われている石材とその想定される産地:
貝砂を含む石灰質凝灰質砂岩~砂礫岩で、明瞭な斜交層理は観察されない
高宕山山系の石射太郎山

資料整理番号:No.122254-12,最新観察時期:2016年02月11日
地理院地図10進座標系:35.312473,140.0769283



2016年2月17日水曜日

君津市内のある神社で観察した伊豆軟石

高宕石の分布を調べながら君津と木更津の神社を巡っていると、ある古い神社の境内に、比較的保存の良い石造りの祠のようなものを見付けた。

細かな細工もしっかりしているが残念ながら建立時期が見つからない。村の氏子殿が建設した事はこの画像の手前の階段脇の石柱に刻まれている。木造の拝殿はかなり傷んでしまっている。
この手前の石段とその脇の小さな石の祠(?)が、更に興味深い。
含礫緑色凝灰岩製である。

しめ縄の上を拡大すると

階段は、普通の階段石では無く、間知石が用いられている。間知石の一個の幅は28-30cm程度。

何れも礫を含む緑色凝灰岩なので、この付近で主に使われている高宕石とは全く異なるし、房総半島産出の石材とも思えない。しかもここに至るまでの数百段の階段石とも異なるのである。
小さな破片が階段脇に有ったのでサンプルに頂戴して来たが、洗浄すると緑色凝灰岩の特徴が良く判る。

さて、一体いつの時代に、ここに運ばれて来たものやら?神社縁起を調べてみようと考えている。

2016年2月14日日曜日

高宕石の中の礫

高宕石の観察を指導・案内をして下さって居る友人が、笠石(東側の)付近で風化により母岩から脱落した比較的大きな礫を採集して来て下さったので、岩質を見る為にその内の2個を少しだけ研磨してみた。何時もの様に#1,000の研磨で止めた。
最初は集合写真。既に研磨した礫も混じっている。

赤茶色のものは似た者同士と言う感じだった。前回、石射太郎の南西側の「笠石」で採集した含礫砂質凝灰岩の中の礫は殆ど泥岩の偽礫だった。今回は見立てを「流紋岩」としたのだけれど・・・

研磨し始めて直ぐに判った事はこの粒子は「凝灰岩」だった。とにかく柔らかい。拡大して観ると良く判りますね。見立てが違ったので、もう一つ研磨してみると、これも想定程には硬くなく、サクサクと研磨できたのだが、これは流紋岩だった。但し、石英が少ないというか、殆ど見当たらない。

フィールドで、石質を見るのは実に難しい。

2016年2月7日日曜日

七里川石

君津市の黄和田畑にある七里川温泉から小櫃川沿いに南下すると途中に小さな石切跡が見える。
石切場は川沿いにかなり沢山あって、当時は高宕石と市場を二分していたらしいのだが、舟運を望めるような川では無かったので遠隔地には運ばれず、現在の君津市内を中心にその市場が存在したらしい。
少し風化すると赤茶けた風合いを見せる石材で祠や仏塔に用いられている。
高宕石と異なり、この石材は石灰質では無い。貝殻片の様なものが見えていたが、どうやらテフラや斜長石の風化したものらしく、希塩酸は発泡しない。発砲しないどころか、隙間が多いので希塩酸がサッと間隙に吸い込まれて、実体顕微鏡で観察しながらでも発泡を見る事が出来ない。火砕質なのです。
一部を拡大すると:画像の横幅は36mm
三浦半島で観察される砂岩に似てくる。但し、この石材にも様々な変化があり、那珂には大きな軽石様にみえるテフラの塊(いったん堆積して半固結したものが破砕されたもの)を多く含む石材も存在する
テフラの比較的多い部分を観察すると
砂の多い部分ではこのような雰囲気。

現在研磨機が(場所の問題で)使えない状態なので平面を造れないので凹凸の激しい試料をそのまま使っているので鮮明ではないのが残念。

2016年2月6日土曜日

石射太郎山の石切場と石材:高宕石 (3/3)

展示用に頂いてきた高宕石を丁寧に洗浄して(私がやったのでは無いが)乾燥したら、良い顔つきが現れて来たので御紹介。石材のサイズは幅24cm,長さ64cm,厚み15cm。重量は60kg程度かな?


部分的に拡大して観ると、

その一部をまた横幅70mmで切り出してみると

これはまた別の部分の拡大


高宕石のご紹介はここまで、次回はこの地域で高宕石と勢力を争った(?)七里川石。
これは現在の七里川温泉の南で採掘されていた石材で、仏塔や祠に加工されていたらしい。