朝からなんだかすっきりしない天候だったが、7月6日のFWを途中でリタイアして行けなかったコース後半の「榛名神社」と「苗間神明神社」だけでも回ろうと東武東上線の「ふじみ野」に降り立った。最初に「ふじみ野市苗間の神明神社」、次に「富士見市勝瀬の榛名神社」、ここで雨が降りそうな黒雲が急接近して来たので、丁度やって来た地域バスで一端ふじみ野駅まで退避。
そのまま帰るのは癪なので、先日直ぐ傍まで行きながら立ち寄れなかった水子氷川神社裏手に在る同じ水子の「八幡神社」に行く事にした。幸い、この三か所で伊豆の凝灰岩を観る事が出来たので、FWの地図の右端付近の「江嶋神社」まで更に欲を出したのだが、いや見付からない事!遂に諦めて帰宅後調べて見ると、そのすぐ傍までは行っていたのだが、なんと石祠と石鳥居だけのしかも建物の陰にある「神社」だった。その内、再チャレンジするさ!でもまずまずの成果を上げた一日だった!
苗間八幡神社境内の四体の石祠の一つ。「宝暦五乙亥年(1755)」銘が有り、石材は伊豆から大量に運ばれた粒状組織を持つ伊豆軟石
苗間八幡神社左手の煉瓦造りの大きな燈明台の礎石は、伊豆の石灰質凝灰岩だったが、珍しく石灰質は少ないが、斜めの縞模様は明瞭だ。明治の建築らしい。
榛名神社の拝殿前の笠石は大きな褐色の岩塊が時々、この様にポロリと外れてしまうのが欠点。
拝殿と本殿の間の、玉垣の内には、伊豆の粒状組織が目立つ凝灰岩が燈篭に使われており、建立は文化八辛未(1811)年
この燈篭の礎石には伊豆産の石灰質凝灰岩が使われている。
本殿の基壇石組は色白の安山岩質石材で「弘化五年(1847)戊申年だから結構古い時代。燈篭よりは新しい。
境内の「舩山弁財天」も粒状組織の伊豆軟石で造られている。これは享和二壬戌(1802)年だからこれが一番古いようだ。
水子の八幡神社は少し判り難い場所に在るが、多少雑草があるものの、拝殿は綺麗に建て替えられている。境内には、同じく伊豆の軟石を用いた明治三十九年銘の燈篭が有る。角礫の緑色凝灰岩の破片も確認。
“GARMIN”GPSを使い始めてかなりの年月が経過するが、先日、ふと見ると電源スイッチの部分のゴムカバーが疲労破壊でだろうが、ポッカリと孔が居てしまった。ネットで調べるとこの防水ゴムカバーは補修用としても販売していないらしい。消しゴムを削ってシリコンゴムでも詰めて使うかと思っていたのだが、
なんと「ふじみ野」駅前に“GARMIN”の建物が有るではないか!ダメ元で、ゴムカバーだけ買う事が出来ないか聞いてみたけれど矢張り駄目だった。買い替えるのももったいないので、やっぱり消しゴム作戦で行こう!!
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