2015年1月25日日曜日

松部石のもう一つの日付

 松部にはもう一か所石垣を築いた時期の判る銘板がありました。上の画像がその石垣です。神社のものです。下の画像は街中の松部石の画像です。やや風化していますが、加工が無いので石材のそのものの状態が良く判ります。但し、風化は少し進んでいます。
この処、三浦半島の凝灰岩質石材の調査に勤しんでいます。かなり画像が溜まって来たので何れご紹介しましょう。

2015年1月22日木曜日

横浜市栄区 鼬川:いたちがわに架かる「昇龍橋」

大船から朝比奈を通り金沢八景に抜ける環状4号線と言う県道が有りますが、道路に沿って「いたち川」が流れています。細いのとやや大きな河川改修を続けている川とがありますが、この川には以前はかなり多数の凝灰岩質石材の橋が掛かっていた様です。これは現存の中で一番しっかりしており、大きな昇龍橋です。周辺は同じ凝灰岩でも軟らかくて石材には成らない地層が走っています。石材の産地はここからやや西側の今泉付近の浦郷層の様です。

2015年1月17日土曜日

松部石の石垣に建設年代が刻まれていた

偶然と言うものは恐ろしい。地域を凝灰岩を追って歩く時は、大体地図を見ながら寺社建築や古い大きな邸宅を目印に覚えて置いてその付近を回るのが常なのだが、時折、予定以外の場所が突然開けて来る事がある。石垣に建築年代などが刻まれているなどとは考えた事も無かったが、檀家等の寄進で建設された時はやはり寄進者の名を刻んだりしてその誉を讃えるのですね。
この画像にはこの石垣が何時築かれたものなのか記載して在ったのです。
松部では結局2か所で松部石の石垣の建設年代を確認する事が出来て大きな成果でした。

2015年1月13日火曜日

アイスランドの噴火の状況:1月10日

アイスランド地球科学研究所のサイトからDLさせて頂いた1月10日の割目噴火口野状況とその下はそこから流れ出す熔岩の様子です。画像の撮影者はMorten S. Riishuus 氏 ヘリコプターからの撮影だそうです。


 玄武岩質の溶岩が既に1立方kmの容積が噴出し、低い所で10m、上の画像の割目噴火口付近では40mの厚みに成っているそうです。7下の画像が熔岩が覆い尽くした範囲を示します。
 下の画像は赤い色が最近の、青系が噴火の初期のカルデラと貫入岩の周辺での地震の分布を平面に置いたものです。

2015年1月7日水曜日

鵜原石・松部石 豊富な生痕化石

画像は多少修正しているが守谷海岸の岩礁で観察出来る生痕化石の密度はかなり高く、あまり人が訪れない為かすり減っていない。但し、私は生痕化石を含めて化石類には殆ど縁が無いのでこれが何の化石なのかは判らない。石材の表面にこれがどのように現れるのかには興味がある。

岩の表面が削られた場所を見付けた。この様に蔵や石塀の表面に模様が出て居れば御白いのだが・・・

2015年1月6日火曜日

鵜原石・松部石 守谷海岸の採掘跡


鵜原海岸から少し南に興津方面に下ると守谷海岸と言う美しい海岸があります。ここの岩棚には生け簀の跡もありますがこの様に採石の痕跡が残っています。地層に乱れが有るので全面的に採掘と言う訳にはいかず苦心して採掘形状を決めて出来るだけ能率の良い採石を行う様に工夫した事が覗われます。この海岸の地層には生痕化石が非常に多いので、石材として使用されている者にも生痕化石が見えるかもしれないと期待しています。

2015年1月3日土曜日

西伊豆スカイラインからの達磨山火山と富士山

年末年始はここ数年の恒例行事に成ってしまった伊豆半島を中心とした凝灰岩露頭巡検等と言ってもカミサンとの二人旅ですがのんびり旅を楽しんで来ました。画像は西伊豆スカイラインから見た達磨山と富士山。
西伊豆の田比や口野付近の石丁場と、南の雲見付近の丁場に加えて、下田市内の幼稚園と八幡様に囲まれた丁場等を調べて歩きました。下田市内の丁場では観音崎砲台に用いられた貝殻の細片を含む凝灰質砂岩の露頭を確認しました。貝殻と共に含まれる細礫の状況から間違い無いと思われますが、一応採取して来た風化部の細礫を顕微鏡で比較し確認する予定です。