2012年2月26日日曜日

カムチャッカの火山画像

NASAの“Earth Observatory”の画像集に、最近撮影されたカムチャッカ半島の火山画像が掲載されています。下記をご覧ください。
http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=77235
「カムチャッカ半島には70余の活火山が在ります。この画像は12月19日に撮影されたもので、太陽の位置が低いので火山の北側には長い影が引かれています。カムチャッカの火山は大部分が成層火山で、高く、峻嶮で円錐形をしています。
“Klyuchevskaya (also Kliuchevskoi) ”が最も高く標高は4,835mです。“Klyuchevskaya”が最も活動的火山だと目されていますが、“Bezymianny”,“Kizimen”,“Karymsky”,“Shiveluch”等も相変わらず活動的です。この画像の中でも認識出来る噴煙を南~南西に流しています。画像をクリックして拡大すると此処に掛かれたように長い影を引く火山が良く見えます。

高畠石 山形交通 旧高畠駅駅舎の軽石-2

これは玄関の二本の柱の内向かって右側の柱に在る軽石です。かなり拡大しています。私のパソコンの画面ではクリックで44倍程度に拡大されます。なんの説明も無しにこの画像を見て頂くと材木の切り口の様に見えると思うのですが如何でしょうか?スケールは木製ですがこれは反射でメモリが見えにくくなる事を防ぐために使っています。1本100円の市販品です。

27日から29日一杯が多賀城出張、3月1日は万田野へ観察会の下見、2日は博物館の仲間の勉強会と続くので3月3日まで更新出来ません。その後も原稿が待ってくれないので・・・・能力以上に頑張ろうとすると結果はこんなものですかね・・・

2012年2月25日土曜日

高畠石 山形交通 旧高畠駅駅舎の軽石

これは決して高畠石に混じる軽石や頁岩等の事を欠点として論うのが目的ではないので御容赦頂きたい。このブログの他の岩石の頁を見て頂ければお判り頂けると思うのだが、私は枕状溶岩や凝灰岩に事の他興味を抱いていて、特に凝灰岩の中の軽石にはひとしお興味が強いのです。
これはスケールが示されている様に比較的大きな軽石であり、繊維状と言うか材木状軽石と言うか、これがどのような噴火状態で作られるのか興味があるので掲載しています。
軽石の中の気泡がこれだけ細長く形作られるのは、この軽石が凄まじいスピードで火道を噴き上げられながら発泡して、引き伸ばされているのだと思います。明日、この画像と対となる画像をご案内するが、実にそれは材木を切った状態そのものの様に思える形状です。
二つばかり下の房州石(桜目)の断面に見える軽石とは全く異なる事に注目頂きたいのです。

2012年2月23日木曜日

高畠石 山形交通 旧高畠駅駅舎

多分、20年振りくらいにこの旧高畠駅前に立ってみた。1955年から1974までのこの駅の開設期間に訪問する機会は一度も無かったが、隣の置賜には廃線になる直前までは何度か通っていた時期が在った。
改めて「凝灰岩」と言う石材を使用した建造物と言う目で眺めると実に美しいと思う。
雪深い日に訪問したので、公園部分は歩けなかったが、高畠石の幾つかの特徴的な表情を追ってご案内したいと考えて居ます。

鋸山 軽石風景

2月22日、鋸山での「房州石の石切場跡をたずねる」のほぼ予定コースに従った下見に参加して来ました。途中チョット気になる表面を見せる小さな礫が道端にありましたので、割ってみるとこのような断面を見せてくれました。様々な色合いの軽石が詰まっていて、その間を細粒の黒いスコリアが取り囲んでいます。目視ではもっと黒いスコリアが軽石の周りをくっきりと示していた様に思えましたが、画像ではその辺が表現出来ていません。この礫は湿っていて、夕方の淡い光の中では軽石の毛羽立った様な様子も写せていない様ですが、改めて美しい石だな!と思います。

2012年2月21日火曜日

高畠石 高房神社 山の神の鳥居-4


鳥居の傍の石碑。この上部は何やら文字を消したのか?補修の跡が大きいので敢えて削除させて頂いたがこの部分は気泡が多い。気泡が多い割には文字掘り込みがしっかりしているので、或いは鳥居よりも後世のものでは無いかと思う。気泡が圧密されていないから当然溶結凝灰岩では無い。

2012年2月20日月曜日

高畠石 高房神社 山の神の鳥居-3

鳥居の基本的な構造についての知識は全くありませんが、この鳥居の左右の構造が異なる様です。高畠町観光協会のHPに拠れば高さ2.6m「笠木および島木が一石からなり節目が無く・・」と書かれています。島木と言うのでしょうかこれを縦の柱に組み合わせる部分が左右で異なります。
左手は丁度この画像のすぐ下で柱が接合されており、右側は島木の中間で接合されています。
成程、左右の柱を建てこみ、島木を置き、笠木を置くと言う建立の手順が見えてきますね。
表面に地衣類は着いていますが、高畠の過酷な季節の移ろいの為か、想像以上に表面が美しく保たれていて驚きます。