2012年2月4日土曜日

鋸山 急傾斜の搬出道

この処、鋸山に何度か続けて通っています。千葉県立中央博物館の野外観察会の下見を兼ねて、担当の先生と共に行動する事もあるのですが、一人で歩く事もあります。
画像は、コンサートホールと言われる石切場から観月台方面に下る道から少しだけ外れた場所で見掛けた45度近い急傾斜の搬出道らしい遺構です。(訂正追記)この斜路は採掘された石を幾つかまとめて連結し滑り下ろす為の滑り台だと判りました。
来週も歩く予定なのでこの上部になにか他に遺構が無いか確認してみたいのですが、兎に角、車力道に比べて遥かにキツイ傾斜なので少々怖い雰囲気です。しかも、下の方も同じように真っ直ぐに落ちて行きます。この下は崩落してしまっています。
下の画像は勿論上の画像の続きです。

2012年1月22日日曜日

ハワイ火山観測100周年記念出版

ハワイにおいて火山観測を開始して100年に成る事を記念して、ハワイでは巡検や観測所のオープンハウス等様々な行事が開催されています。その様な記念行事の中で嬉しい事に、記念誌が発行されpdfファイルで公表(英文)されている事です。下記は日本火山の会MLで昨日配信した内容です。美しい画像が含まれて居るので、自分は英語が読めないよと言う方にもお勧めします。
画質は300dpi の67MBのもので充分満足出来る内容だと思います。

“HVO”のHPでこの100年の記録をまとめた“The Story of the Hawaiian Volcano Observatory — A Remarkable First 100 Years of Tracking Eruptions and Earthquakes ”が公開されています。

本文は60頁で美しいカラー画像が入っているのでデータ量も多くDLに少々時間が掛かりますが、下記の頁の右側で、300dpi のデータ容量67.1MB版と、600dpi のデータ容量139MB版、それ
に e-book版の簡易版で16.8MBの3サイズで自由にDL出来ます。
印刷物も入手可能だそうですが、価格は明記されていません。
http://pubs.usgs.gov/gip/135/

試に67.1MBサイズでDLしてみましたが、300dpiでも十分美しい画像が楽しめます。
ハワイの火山と言えば溶岩を流しだすオーシャンエントリーの美しさが強調されていますが、かなり激しい噴火を起こして火砕流の様な噴煙が立ち昇っている画像も有ります。文章を読めなくても是非DLされて(pdfファイルです)美しい画像をお楽しみ頂ければと考えます。

尚、USGSの出版物などのHPは下記です。
http://pubs.er.usgs.gov/#home:Jan-2012:30
このなかでこの資料を調べた結果です。
http://pubs.er.usgs.gov/#search:basic/query=The%20Story%20of%20the%20Hawaiian%20Volcano%20Observatory/page=1/page_size=100:0

2012年1月15日日曜日

紅海の新火山島を生み出した噴火活動

昨年の12月頃から紅海の海底火山が活発化し、ついには火山島を形成しています。日本近海の海底噴火活動ではその火山は何れ波浪により浸食されて陸上部は無くなってしまうのが通例ですが、紅海のこの場所ではどう推移するのでしょうか?NASAの画像集からご案内します。
下記は2007年のこの付近の状況と2011年12月23日に出現した火山の状況を示す画像です。
http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=76801
下記は1月7日のこの火山の状況
http://earthobservatory.nasa.gov/NaturalHazards/view.php?id=76911
下記は“Volcano Discovery”が報じるこの火山の説明
http://www.volcanodiscovery.com/view_news/4217/Volcanic-Eruption-in-the-Red-Sea-Yemen-reported.html
下記はUSGS:アメリカ地質調査所のHP
http://www.nature.nps.gov/geology/usgsnps/pltec/diverge.html

2012年1月14日土曜日

カムチャッカの火山“Kizimen”の衛星画像

これまで、「日本火山の会」MLにご案内していた海外の火山画像をこのブログでもご案内してみようと考えました。殆ど毎日海外の火山情報を検索していますが、このブログでは「速報」よりも「画像」に重点を置いて海外の火山がどのような活動を繰り広げているか? 国内の新聞やTVでは報道されない様々な火山系の情報を適時組み込んでみようと思って居ます。66歳の現状で、今出来る事を今やっておきたいと考えます。

最初の画像はNASAの衛星画像を紹介している“Earth Observatory” から12月末と1月11日に撮影された“Kizimen”火山のものです。
最初の画像は12月30日に撮影されたもの。
http://earthobservatory.nasa.gov/NaturalHazards/view.php?id=76856&src=nha
次は1月11日に撮影されたものです。
http://earthobservatory.nasa.gov/NaturalHazards/view.php?id=76945
最初の画像では山頂火口から水蒸気の噴煙が立ち昇っており、2010年11月から噴火を続けているこの火山の山頂火口から溶岩が(図の右手に)流れ出しているのが判ります。クリックすると大きな画像をご覧になれます。
次の画像には概略この様な解説が書かれています。「カムチャッカのこのKizimen火山の画像に冬の低い空の太陽が長い影を映し出しています。明るい色の噴煙は水蒸気が多い様ですが山頂から立ち昇っており、大部分はその噴煙に隠されていますが、湧き出す溶岩流は東側の山腹を下っています。火山灰の噴出と溶岩と火山性ガスの噴出は2010年の11月に噴火を開始して以来大体連続して居る様に見えます。
この疑似カラーの画像は1月11日に撮影されています。雪が高緯度の陸地を覆っており、火山の北側の常緑樹の森は暗い赤茶色に見えます。明るい茶色の丘は、葉を落とした木々が雪の上に顔を出している部分です。」

2012年1月7日土曜日

秋保石の中の鉱物

仙台の奥座敷秋保温泉の磊々峡に産出した「含有孔虫浮石質凝灰角礫岩」と言う長い名称の「秋保石」に一体どんな「有孔虫」が含まれて居たのか?まさかそうそう多くは含まれて居ないだろうが、凝灰岩であれば、空隙になんらかの火山灰等に含まれる様な綺麗な自形の鉱物が含まれて居る筈だと思って、ひがな一日実体顕微鏡で観察してみました。
繊維状に非常に細長い気孔を持つ軽石の空隙の中に怪しい光がキラリと輝いたので、40倍に拡大して小型のデジカメでコリメート撮影をしてみました。沸石では無さそうですが水晶にしては面の角度が・・・画像の横幅が確か3.8mm程度です。他には自形の磁鉄鉱や高温石英も見付かりました。

人間の山 写真万葉録 (1-2)

写真万葉録には大変多くの画像が収録されている。
10巻の万葉録のその第一巻の「人間の山」だけでも169枚の画像が収録されている。
勿論、坑内写真など、大きなヤマのものは在るにしても、私が出会ったような中小のヤマについては坑口の画像は在るが、内部に関してはほぼ存在しない。
この画像集を紹介する為に、それらの中から夫々2枚程度の画像を選び出す事は難しいが、私はこのボタ山の画像を選んでみた。天空にそそり立つボタ山は美しい、時には懐かしさや哀愁を感じる事すらあるが、同時に中小炭鉱においては、其処は生きる為のぎりぎりの稼ぎの場所でもある。
しかし、ボタの中から黒い燃料になる石炭を拾い出す事は、食う為に必要な労働では在るが、同時に常に死の危険と隣り合わせの場所でもある。
この画像を選んだのは、此処に見えている溶岩流の表面に出来る「溶岩皺」のような模様にある。
ここでは確実にボタと石炭が安息角の限界を超え、地すべりに似た斜面の崩壊を起こした事が示されている。
斜面でズリトロの腹を割って転がり落ちてくるボタのなかから石炭を拾うとき、その場所の地滑りは時として働く人に確実な、無残な「死」をもたらす。
「人間の山」64-65頁には「拾い子一人、ケガさせとらん。一人の死人もだしとらん。と胸を張る刺青姿の頭領の姿があるが、母をボタヤマで失い露頭に迷った子等も居た事は事実である。

2012年1月5日木曜日

人間の山 写真万葉録 筑豊(1)

1984年4月 上野英信氏と趙根在氏の監修による画像集の「人間の山」が出版された。
巻の1から順次出版された訳でも無いから最初がどの巻だったか記憶にないが、当時1800円の書籍が10冊も続けて出版されると言う事は、これは大変な事が起こったぞ!と思った記憶が在る。
神田の地方小出版流通センターに毎月通い手に入れていた。
「筑豊炭鉱絵巻」の次はこの「写真万葉集 筑豊」全10冊を取り上げなければと思いつつも、66歳にして、生き急ぐ私には心の余裕が無く、夫々の巻から1-2枚の画像を引用してご紹介しようとすると迷いに迷い選択が出来ない。でも兎に角始めるしかない。
第一回は「人間の山」から23頁の「掘る」をご紹介する。
上野英信氏はこの巻のあとがきを「この記念すべき大仕事の、それも最初の巻のあとがきを、こともあろうにこのような悲しみと怒りの言葉をもって書き起こす羽目におちいろうとは・・・。」と書き記す。1984年1月18日「魔の囚人ヤマとして悪名をとどろかせた三井三池鉱業所の有明鉱で坑内火災が発生し、八十三名の作業員が一酸化炭素中毒によって惨死をとげ、救出された十六名の負傷者もやはりCO中毒症にかかっているという」
ゆっくりとした歩みしか出来ないが、上野英信氏の関わった多くの書籍のその結晶の一つ一つをご案内してみたいと考えて居る。
尚、出版社は、福岡の「暗河」を発行していた葦書房。

北九州に育った私には筑豊は近い。父に連れられて、多分二人で幼い時に炭鉱に働く父の知人を訪ねて炭鉱町の中を歩いた記憶がる。戸畑の今で言う下請け・孫請けの一人親方が旋盤に腕を振るう鉄工所街のスラムの様な場所に住み、毎日をアスベストの粉じんが、小さな窓を通して差し込む光できらきらと輝く場所で生きて来たので、私と遊ぶと友人たちはアスベストの細かな繊維状の結晶がその皮膚に突き刺さりかゆみを訴える為に、共に遊ぶ友を失い、私は更にアスベストの舞い飛ぶ「倉庫」の、石綿を詰めた俵の山でターザンごっこをして育ってしまった。